「モノを買わない」先進都市から読み解く、「資本主義の先」の世界の行方

編集者・菅付雅信さんが語る『物欲なき世界』
佐藤 慶一 プロフィール
菅付雅信(すがつけ まさのぶ)
1964年生宮崎県生まれ。角川書店『月刊カドカワ』編集部、ロッキグンオン『カット』編集部、UPU『エスクァイア日本版』編集部を経て、『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務めた後、有限会社菅付事務所を設立。出版からウェブ、広告、展覧会までを編集する。書籍では朝日出版社「アイデアインク」シリーズ(朝日出版社綾女欣伸氏との共編)、電通「電通デザイントーク」シリーズ(発売:朝日新聞出版)、平凡社のアートブック「ヴァガボンズ・スタンダート」を編集。著書に『東京の編集』『はじめての編集』『中身化する社会』等。2014年1月にアートブック出版社「ユナイテッドヴァガボンズ」を設立。下北沢B&Bにて「編集スパルタ塾」を開講中。多摩美術大学で「コミュニケーションデザイン論」の教鞭をとる。2015年6月に有限会社から株式会社化し、社名をグーテンベルクオーケストラとする。 http://www.gutenbergorchestra.com

収支計画書ありきのライフスタイル戦略は弱い

――日本でも「ライフスタイル」という言葉をよく聞くようになった一方で、どこか食傷気味になっている気がします。

菅付:ライフスタイルという言葉は漠然としながらも使いやすいから市民権を得たように思います。さまざまな場面で見聞きするようになりましたが、ほかに適切な表現がない――生き方というと少し重くなるし――から多用されるのかもしれません。

雑誌にしても、ここ何年かでライフスタイル誌が一気に増え、ファッション誌がライフスタイル誌化する動きもありました。服が売れなくなってきたので、アウトドアを提案したり、スポーツや食を取り込んだり、カフェネタを混ぜたりして、ライフスタイル提案型のメディアになろうとしているのがよく分かります。

元々ファッション性が高かったマガジンハウスの『ポパイ』が近年、「カレーと本」や「ポートランド」の特集を打ち出してライフスタイル化しています。これも分かりやすい兆候のひとつですよね。

――ファッション誌がニッチなジャンルのひとつになってしまった、ということですよね。

菅付:端的にファッション誌が趣味雑誌になってしまったんです。もともとファッションは趣味でしたが、90年代中ば~2000年代後半くらいにかけて、オシャレをしないとマズいという強迫観念が特に都市部の独身女性にあったわけです。

「あなた、まだ先シーズンの服を着ているの?」なんて言われないためにみんながファッション誌をチェックしていました。この当時は趣味雑誌ではなく生活必需品という位置付けでしたが、また趣味雑誌に戻りつつある状態です。

ただ消費や物欲が減る一方で、モノを買うときに吟味するようになっています。まったく買わないのではなく、ネット検索やソーシャルメディアの普及により、購入前に比較検討して、いろんな価値基準のなかで時間をかけて吟味する。このことは大量生産・消費より健全だと思っています。

――雑誌以外に、ファッションや流通業界におけるライフスタイル戦略をどう見ていますか?

菅付:ライフスタイル化は業界の生き残りをかけた、サバイバルのための戦略だと思います。なぜなら、服が本当に売れなくなっているから。三越伊勢丹のような衣服比重の高い百貨店でさえピークと比べて売上が3割減っている。ほかの百貨店や衣料品店についても推して知るべしです。

ただ、日本のライフスタイルビジネスのほとんどは、収支計画書ありきのライフスタイル戦略をとっているので弱い気がします。つまり、洋服が落ちた分を雑貨や飲食で補おうという狙いが透けて見えるから、穴埋めとしてのライフスタイル化になってしまっているんです。

そうではなく、物欲がない社会において、ストーリーや価値観、文脈を考えて、会話やコミュニケーションにつなげていくことが大切だと思います。

たとえば、湘南の「SUNSHINE+CLOUD」というお店は洋服も雑貨も飲食も花屋もやっている。それが湘南のリラックスした価値観のお客さんたちにとって自然で、オーガニックな広がりを見せています。収支計画書のためにライフスタイル化しているのではないから無理がないんです。

――今回の本では「欲しいモノは特別ない」という実感を「物欲レス」という言葉で表現しています。どういう課題意識を持っていたんでしょうか?

菅付:物欲レスは先進国・先進都市で顕著になってきている現象です。この本では物欲レスの社会が続いた先にある世界を提示したいと思いました。資本主義はあと数十年ほどは続くけれど、いつどこから終わるかわからない。でも、どこかで終わり、新しい仕組みにひっくり返ります。

ぼくは経済の専門家ではないですが、消費欲の急減を突き詰めて考えていくと、資本主義の制度疲労を起こしているのではないかと思うようになりました。トマ・ピケティが『21世紀の資本』で書いたように、世界では貧富の格差が拡大し、二極化が進行しているのは紛れもない事実です。

そこで中産階級がやせ細ると、彼らの旺盛な購買力を前提に成り立っていた資本主義――もっと言えば中産階級資本主義とか中産階級消費主義――がいま危機に瀕している。二極化して中産階級が減っているならば、現行の制度が限界に近づいているのは間違いないでしょう。

このような状況に対して、たとえば、フランスの経済学者、ジャック・アタリや日本の経済学者、水野和夫さんは、次の制度に移行した集団・場所・人・都市・国家が次の時代のアドバンテージを取ると主張しています。

資本主義が制度疲労を起こしているわけだから、その延長線上での消費刺激策を講じてもカンフル剤として一瞬効果があるだけで長期的にはうまくいかない。

物欲がなくなり資本主義が立ち行かなくなる中で、日本や東京は新しい考え方や制度を真っ先に提案・実践していくことが、世界に対して次のアドバンテージになると考えています。だから未来の制度を考え、生み出し、身に付けるようなポジションに移行したほうがいい、というのがぼくの考えです。