長渕剛の『乾杯』を語ろう〜バブルの裏側をとらえた愚直な応援歌、大ヒットの理由

神山典士×田家秀樹×柳井満
週刊現代 プロフィール

神山 そもそも、なぜ長渕さんだったんですか。

柳井 正直なところ、これが実にいい加減で、『家族ゲーム』をドラマでやるとなった時に、誰か新人でやりたいと思っていました。でもなかなか見つからない、ついに決めなければいけない前の週という時、通勤電車の中で、隣席の男性のスポーツ新聞が目に留まった。

長渕くんが前の奥さん(石野真子)と離婚する記事が載っていました。記事中の彼の写真が、いい笑顔だったんですよ。彼のその笑顔に惚れてしまった。会社に着いてすぐ事務所に電話し、翌日に直接会って「ドラマに出てくれないか」と。

田家 ものすごいスピード感だ。

柳井 その場では「ちょっと考えさせてくれ」と言われたのですが、次の日に「やります」と。だから、彼の歌を聞いたこともなかったんです。

田家 長渕さんは、'86年の武道館ライブでラストの『明日へ向かって』をマイクに体を預けながら歌いきり、終演後すぐ病院に担ぎ込まれたなんてこともあった。それが、どんどん武道館のすみずみまで使えるようになっていった。役者として鍛えられたからでしょう。

神山 '88年には東京ドームでもコンサートをしていますね。

柳井 もともと体力があるほうではないんです。先ほどの蕎麦の話のように、食も偏っていた。志穂美悦子さんが、『親子ゲーム』の現場で長渕くんに「体に良い物を食べなさい」といって、玄米を使ったものとか、いつもお弁当を持ってきていました。

神山 '87年に志穂美さんと結婚してから、肉体を鍛えだすなど、自己プロデュースが変わっていった感があります。『乾杯』のヒットはそんな変化の過程で生まれた。

'80年のアルバム版はフォーク色が強くて、歌声も聞きやすい。対して'88年のシングルは、あのしゃがれた声の独特の歌い方になっている。やはり演技の経験のおかげでしょう。新録の『乾杯』は、体全身を使って絞りだす、今の歌唱法に近い気がします。