「日本一の過疎」に韓国人が殺到!〜「田舎の小さなパン屋」が熱狂的に支持されるワケ

萱原 正嗣 プロフィール

タルマーリーの取材に訪れた記者たちに逆取材し、さまざまな声を聞くことができた。

等身大の『資本論』

取材を通じて見えてきたのは、本書が大きく2つの年齢層の人たちに読まれているということだ。

ひとつは、1980年代半ばに韓国民主化を主導した、40代半ば~50代前半の民主化世代だ。当時の韓国は軍部による強権支配が続いており、政権に反発する学生を中心に民主化運動が激化。1987年6月には、大統領を直接選挙で選ぶという民主化要求を当時の政権に認めさせた。

「そのとき、軍部の強権支配に対して、自由や平等を求めるテキストとしてマルクスが読まれました」と、朝鮮日報のキム・ユンドク(金潤徳)記者は語る。

その後マルクスはいったん忘れ去られるが、1997年のアジア通貨危機、2008年のリーマン・ショックといった経済問題が起こるたび、行き過ぎた金融資本主義への批判として、マルクスが再読されてきた。

ここ数年は、ハンギョレ新聞のイ記者が語ったように、「資本主義のオルタナティブ」を求める動きが強まり、再びマルクスの『資本論』への関心が高まっていた。フランス人経済学者のトマ・ピケティの『21世紀の資本』は韓国でも話題を呼び、その機運に拍車をかけた。

マルクスの『資本論』は、『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』における重要なテーマのひとつだ。

1971年に生まれ、バブル経済の絶頂期に高校を卒業した著者は、浮き足立った世の中の空気にどこか違和感を抱き、進学も就職もせず、フリーターとして悶々とした青春時代を送る。後にパン職人の道を志すと、修業時代に勤めたパン屋で、「ブラック企業」さながらの過酷な長時間労働を強いられ、食べもののウラ側に潜む「グレー」な現実をまざまざと見せつけられる。

なぜ、こんなデタラメがまかり通るのか――。

強い憤りと疑問を抱きながら、夫婦の念願だったパン屋を開いたある日、著者は学者である父の勧めで『資本論』を読み始める。

すると、バブルや恐慌という経済の病も、虐げられる労働者も、食品のみならず、あらゆる商品につきまとう偽装や不正の問題も、さらには失業や環境問題に至るまで、根っこは資本主義の構造そのものにあることに気づく。そして、マルクスが指摘した資本主義の矛盾を裏返す形で、店の経営を実践していった。