去る9月30日(水)の夜、韓国・ソウル市内のカフェで講演イベントが開かれた。会場に集まった100名ほどの観客の眼差しは、日本からやって来た一組の夫婦に向けられていた。
前のめりになってふたりを見つめ、ふたりの言葉を熱心にメモに残す(もちろん通訳が入っている)。質疑応答の時間には客席で次々と手が挙がり、講演終了後はサインを求めて長い列ができる――。
韓国の人たちの注目を集める一組の夫婦とは、人口7,600人、山間に人々が暮らし、林業が盛んな鳥取県智頭(ちづ)町でパン屋とカフェを営み、ビール事業への挑戦も始めた「タルマーリー」の渡邉格(いたる・44歳)・麻里子(37歳)夫妻だ。
夫の格さんは職人としてパンやビールの製造に取り組み、妻の麻里子さんは女将として売り場の一切を取り仕切る。ふたりのもとでは、5人の従業員と3人のアルバイトスタッフが働く。
「タルマーリー」は日本でもその名が広く知られている。休日ともなると、鳥取県内のみならず、広く中国・関西地方から、ときには九州や関東からも、大勢の人が「タルマーリー」目掛けてやってくる。先のシルバーウィークには一日400人もが訪れたという。
店は、決してアクセスのいい場所にあるわけではない。鳥取市内からでもクルマで50分ほど、大阪からならクルマで2時間ほどかかる。そういう場所に、わざわざ人が訪ねてくるのは、夫の格さんが2013年9月に出版した1冊の本の影響が大きい。
『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』(講談社)。
このちょっと変わったタイトルの本は、著者がパン屋の視点で資本主義経済の問題点を指摘し、それを克服するための経済・経営のあり方を模索する現状を描いたものだ。発売以来、日本でも読者の支持を集め、2015年10月現在で8刷2万部とロングセラーになっている。
この本が、昨年6月に韓国で翻訳・出版されると、日本以上に大きな反響で受け入れられた。
新聞、テレビなどのさまざまなメディアで取り上げられ、1年あまりで10刷3万部に達している。韓国の人口は5,000万人弱で日本の4割ほど。単純計算すれば、日本で7万部を超える売れ行きに相当する。