江戸時代は誰もが、60キロの米俵をヒョイと持ち運んでいた!~なぜ私たちは「身体」を見失ったのか?

独占・最強インタビュー(3)
光岡英稔, 尹雄大

−−何が実りあることかわからないまま、ともかく数値上の向上を目指して突っ走る。産業社会にふさわしい身体観だと思います。

もちろん、産業が発展したからこその恩恵はたくさんあります。一方で成長や獲得、理想といった概念を体にまで当てはめて「身の程」がわからなくなっているのも確かです。

現代人の「身の程」とは、ハードなトレーニングと薬物がもたらす、ボロボロの心と身体でしかないと思います。

仮に薬物を使わなくても、脅迫観念でトレーニングに取り組む限り、概念を先に立てて取り組んでいるわけです。あらかじめ「身の程」を知るために必要な「体の声」を聴く耳を持ちたくないと宣言しているようなものです。

近代日本の「自己植民地化」

−−産業の発達とともに足腰が消え、生身が弱くなっているのが現状として、日本の場合、いまにつながる道を歩み始めたのは近代に入ってからです。

明治になって生活様式と言葉の変容があったのが大きな変化をもたらしたと思います。言葉のすり替えは植民地政策の常套です。固有の言語を奪い、新たな言語を教育する。そこで意味の共有が生じます。すると魔法がかかります。

−−魔法とは、前々回の話に登場した喧嘩屋ジェームスが、”近代的な社会のルール”といった教育を受けたことで、弱くなったようなことですね。

はい。日本の場合は自ら求めて西洋の文明を学び始め、自国に取り入れました。他の文化を一方的に学ぶということは、異文化の概念を共有することになります。その途端に相手と同調し、共感できる感情や思考に介入されるようになります。心情的、心理的に互いが影響し合える前提条件がここで構築されます。

−−「介入」とは、西欧という他者の視点で自らを捉えることで、それは客観的になるとも言えます。と同時に、自分のありようを疑い始めるということでもあります。

それが隙になっていくわけです。ハワイで起きたことが日本では明治に起きました。といってもハワイと違って日本の場合は「自己植民地化」です。

もちろん世界情勢に対する危機感があったからこその文明開化でした。しかしながら、その選択によって別の危機を迎えることにもなりました。つまり異なる文化の産物をあまり理解せず、漢字の造語という言葉のすり替えで間に合わせようとした。