ラグビーW杯戦士たちよ、ありがとう!「それぞれの旅立ち」、2019年にまた会おう

主将リーチ・マイケル、藤田慶和、堀江翔太、松島幸太郎……
週刊現代 プロフィール
〔PHOTO〕gettyimages

激しいコンタクトプレーを続けた影響で、首の神経を痛め、左手の握力が14㎏まで落ち、2月に手術。6月までボールを握れなかった。4月にスタッフとして加わり、有名Jリーガーなども診る鍼灸師の佐藤義人氏と二人三脚で再起を図った。

「代表スタッフのメニューではなく、内緒で佐藤さんのメニューを続けていました。復帰後のコンタクトプレーにこわさがあって、それを改善するためのアドバイスが的確だったので。規則違反だけど許されますよね」

堀江の実力は、すでにオーストラリア国内でも知られており、シーズン終了後、同国内でプレーする可能性が高い。

米国戦で堀江のパスを受けて逆転トライを奪った松島も、すでにSRのワラタスからラブコールが送られ、サントリーでのシーズン終了後、豪州へ行く可能性が高い。

「W杯でアピールできた。大舞台で勝つ、ということが非常に大事だと感じました」

ジンバブエ人の父と日本人の母の間に生まれ、桐蔭学園卒業後も、強豪大学の誘いを断り、南アフリカへ武者修行。一緒に汗を流した選手が、南アフリカ代表に8人いた。

「試合後、南アのロッカールームに行きましたが、あんな静かなロッカー、見たことないです」

ショックを受けた相手の表情を間近で見て、自分たちの大金星の偉業を実感できた。

選手たちが次々と所属先に戻って行く中、チームを率いたエディHCもまた、近日中に英国に戻る。11月から南アフリカ・ストーマーズで指揮をとる。

衝突もあった。だが、全員で掴み取った「W杯3勝」は、日本ラグビーの歴史を変えた。つかの間の休息を終えると、戦士たちはそれぞれの新しい旅をはじめる。

「週刊現代」2015年10月31日号より