進次郎「2021年決起説」を追う!
~安倍内閣と距離を置いた自民党のプリンスの複雑な胸の内

鈴木 哲夫 プロフィール

「自民党批判」を繰り出した進次郎の狙い

今回首相周辺は、「支持率を上げるためにも、過激な言動を抑えこむためにも、進次郎氏の入閣はありだ」と9月ごろから漏らしていた。

だが、進次郎氏は改造を目前にした9月末に、突然、講演会の場や地元紙のインタビューで、安保法制での自民党の驕りを批判したり、原発政策に言及したりして、政権批判ともとれる発言を繰り出したのだ。

「本人は入閣するつもりはまったくなかった。そこからが進次郎氏の駆け引きのうまさですね。もし安倍首相が入閣を打診したあとにそれを断るようなことになれば、安倍首相が恥をかくことになる。

ならばその前に、間接的な場所と表現で、『私は入らない』とはっきり表明し、おまけに首相への気遣いも見せつけたのです。そこまでやられては安倍首相も諦めざるを得なくなる」(自民党若手議員)

なぜ進次郎氏は入閣の道を選ばなかったのか。

本人は「実力が伴わない」などと謙遜しているが、私は、これまで取材・ウオッチしてきた中で、進次郎氏はいまの安倍政権が進める政策や理念とは明らかに違う路線と時間軸をしっかりと持っているからだと推察している。それがある以上、安倍政権下に組することはできない、ということだ。

進次郎氏は、2011年の震災で自主的に被災地に入って以来、復興に取り組むことがライフワークとなっている。永田町で「震災の記憶」が風化する中、彼はいまでも被災地に通い続けている。

11年の暮れに、進次郎氏は私に、「被災地に通って政治の原点が分かりました。困った人を助けるという当たり前のことなんです。私は10年間通って復興に結果を出したい」と語り、その姿勢をずっと通している。

そんな中で、昨年ごろから「進次郎・2021年決起説」なるものが、進次郎氏と交流のある地方議員やシンクタンク関係者の間でまことしやかにささやかれるようになった。東京五輪の翌年にあたるが、進次郎氏自身、「五輪後に日本は人口減や景気後退で大変なことになる。自分たちの世代の出番」と話している。

さらに2021年は、くしくも震災から10年という節目の年でもある。進次郎氏の時間軸がすべて合致する年、というわけだ。その時、進次郎氏は暗澹たる日本の未来をどうするか、仲間たちとともに政権構想をまとめ、決起すると私は思っている。