ドキュメント・山口組「分裂の始まり」〜すべてを知る親分が私に語ったこと

溝口 敦 プロフィール

神戸山口組の命運を握るキーマン

しかし、山口組本部による厳しいカネ集めに一番苦しんできた中堅的な直系組長たちが真の主役だったような気がする。

4月に私が見せられた手紙にはこの後、〈私の知らないところでもっとメンバーがおるのでしょうが、話を聞くかぎり、山口組の過半数に達したといっていたので〉という一句もあった。

直系組長の数を72人とすれば、その半数は36人である。今のところ神戸山口組は13人だから、明らかに予定より人数が足りない。従来の山口組側が神戸山口組の切り崩しに成功していると見ていいのではないか。

六代目山口組は当初、神戸山口組に加わると見られた一派の奪還や潰しに成功している。たとえば神戸山口組に行くと見られた東生会・須ノ内祥吾会長(大阪)には謹慎処分が下され、組員は大同会(森尾卯太男会長、鳥取県米子市)の預かりになった。

また岸本組・清水武組長も当初、神戸山口組派と目されたが、今は在来山口組に納まっている。

私は手紙の記述の信憑性を疑っていたので、こうした情報をあまり重視しなかった。そして4ヵ月後の8月、ほんとうに蜂起・分裂が日の目を見た。直系組長たちは当初の計画通り粛々と準備を進めていたのだ。

では、彼らは「絶対、山口組執行部に潰されないために」どういう措置を採ったのか。

今、神戸山口組のメンバーに連絡はついても「まだ外に向けて話せないことになってます。近々われわれの考えについて各方面に分かってもらう文書を作りますんで」と、はかばかしく答えてはくれない。

そのため推測するしかないのだが、一つの準備は山健組・井上邦雄組長と宅見組・入江組長の迎え入れに成功したことだろう。山健組は大勢力であると同時に有名ブランドでもある。参加しているかいないかは対外的イメージが大きく違う。また入江組長は数字に明るいことで、神戸山口組の秘密兵器になり得る。