なんだって? 現代人には「足腰」がない!?
〜武術家・光岡英稔が知る身体観

独占・最強インタビュー(2)
光岡英稔, 尹雄大

「型」とは何か

−−さまざまな人と手合わせをしながら、重大な怪我もなく生き延びてこられたということは、子供の頃からそうとう運動神経がよかったのですか?

ぜんぜんよくなかったですよ。しかも、山の中で人付き合いもなく育ったせいで、チームスポーツだとチームワークがわからない。だからサッカーではひとりでゴールまで行きたがるし、バスケットもドリブルするのが面倒だから遠くからシュートしていました。

−−同世代の友達と比べて、自分は強いとか、武術的な素質があると思っていましたか?

それはなかったですね。

かりに自分が所属する団体で勝てても、空手ひとつとっても様々な団体があって、それぞれのルールがあります。たとえば顔面を殴らないで体だけ叩くとか、ポイント制のライトコンタクトだとか、あるいは防具をつけて叩くとか。

あるルールで強かったとしても、他のルールでは強いかはわからない。空手では強くても、シラットを相手にしたときにどうかと言ったらわからない。

私の場合は「何がいったい強いということなのか?」を問う媒体として武術を借りて学んでいた感じです。

−−そういう名付けようのない真の強さの求めていくときに、具体的にはどういう稽古をするんですか? 一般的には「こうしたらこう返す」といったシミュレーションをイメージしますが……。

私の場合、シミュレーションを教えることはあまりなく、「技」を教えていました。手をこのようにとったら関節が極まるとか。どこを打てばいいかといった内容です。

〔撮影〕講談社写真部

シミュレーションやコンビネーションは、状況が設定されています。あくまで特定の状況に対しての動きという限定されたものでしかありませんから、想定外には対応できません。だからコンビネーションではなく技が大事で、その技を覚えるために「型」があります。

−−日本では芸事から職人の世界まで型が重視されています。ナチュラルに強いハワイアンやサモアンは型をもっているのでしょうか?

ないですね。彼らには技はあっても型はない。

型は後代に技を伝えていくための方法です。技があって伝えていく術はあっても、土台となる共有された文化がなければ型は生じない。それには、ある程度の文化の成熟がないといけない。

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