薄暗い店でも大きな帽子を被った勝は目立った。他の客が勝のことをひそひそと話している姿が見えた。
「一番大きな肉、レアーでな。お前も同じものでいいか?」
しばらくして鉄板に載せられた大きな肉片が出てきた。
「これが旨いんだ」
噛むと肉汁がしみ出してくる、美味しい肉だった。
半分ほど食べ終わった頃だ。勝はナイフとフォークで自分の皿にあった肉片を素早くぼくの皿に載せた。どうしたのかと顔を覗き込むと、何もなかったように話を続けた。これも食べろという意味かなと思い、全部食べることにした。
食事の後、今度は六本木の交差点に向かった。交差点から少し入ったところにナイトクラブがあった。入り口には大きな黒人が立っており、勝は親しげに手を上げて中に入った。店内には外国人ホステスがおり、カジノテーブルがあった。勝は慣れた感じで席に着くと、蝶ネクタイをしたディーラーがカードを配った。
「カモン」
勝は大きな声を出してテーブルを叩いた。ディーラーがカードをめくり、負けると、手を額に当てて悔しそうな顔をした。
──勝新じゃない?
周囲から囁く声が聞こえた。
「ワンモア」
勝が積み上げるチップは、周りとは高さが違った。大きく張る勝を見ようと、人が遠巻きに集まっていた。注目されるのを勝は楽しんでいるようだった。
まだまだ勝負は続きそうだった。昼過ぎに編集部を出てから、一度も戻っていない。そろそろ戻りますと、ぼくは勝の耳元で囁いた。するとそうかと気のなさそうな返事をして、勝はポケットに手を入れた。
「お前、タクシー代はあるか?」
「大丈夫ですよ」
ぼくは慌てて手を振った。
後で、ぼくが引き揚げてから半時間もしないうちに勝は帰ったと聞いた。自分と仕事を始めたばかりのぼくを楽しませようとして、わざと大きな声で賭ける姿を見せたのだ。
思い返してみれば、ステーキハウスでも、勝は一番大きなステーキを食べているという印象を他の客に与えようとしていたのかもしれない。常に誰かから見られていることを意識している人だった。