なぜ勝新太郎は、日本人に愛され続けたのか
~最後の弟子が明かす、「昭和最後の豪傑」の素顔

田崎健太『偶然完全 勝新太郎伝』

「大麻で逮捕」事件の舞台裏

第一話のコマーシャルが流れ始めた翌日の1990年1月17日(現地時間1月16日)、勝はハワイのホノルル空港で逮捕された。大麻9.75グラムとコカイン1.75グラムの入った小さな袋を下着の中に隠し持っていたのだ。1000ドルの罰金刑で即日釈放されたものの、コマーシャルは一日で打ち切りとなった。

国外退去処分を受けた勝は不服を申し立てて、ハワイに滞在し続けた。日本に帰ってくれば、麻薬を持ち出した容疑で取り調べられる。それを避けるためだと言われていた。

勝が日本に戻ったのは、事件から1年4ヵ月後、翌91年5月12日だった。ハワイからの帰りの飛行機の中でビールを飲みながら「大統領や海部首相の代わりは出来るけど、勝新太郎の代わりは誰が出来るんだ?」と同乗した報道陣に話した。大きなつばの帽子にサングラスを掛けて空港に降り立つ勝の姿は大きく取り上げられた。

5月21日、勝は麻薬・大麻取締法違反で逮捕された。問題となる入手先については、飛行機の中で見知らぬ人から大麻とコカインを受け取ったと勝は言い張った。
『週刊文春』に掲載された勝の手記には、取り調べの検察官とのやり取りが再現されている。

〈「あなた自分で言っていることが信じられますか」
「信じられません」
「うそだからです。もし本当ならもっと一生懸命自分を助けようとする力が働くはずだ」
「わかりません」
「他人がモノをプレゼントしてくれたら、顔を見るかお礼くらい言うでしょう」
「見なかった」

「あなたはそんな人を最初から見ていない。つまり現実にはそんな人はいなかった」
「いました」
「知り合いですか」
「違います」
「顔も見ていないのに、知り合いかどうかどうしてわかるんですか」〉

ふざけたやり取りである。取り調べの検察官が苛立ったであろうことは想像できる。

92年3月27日、勝は、懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決を受けた。そこで勝はこう言った。

「今後はパンツをはかないようにする」

大麻事件などを起こした芸能人の場合、記者会見では一様に「申し訳ありませんでした」と頭を下げる。しかし、誰に対して申し訳なかったというのか、はっきりしない。

事件の影響を被った仕事関係者に謝罪するのは分かる。しかし、「お騒がせして申し訳ありません」と言うのはどうだろう。騒いでいるのは報道陣である。

カメラの向こうに視聴者がいるとしても、報道陣に頭を下げるのは違和感がある。反省した顔を見せて、批判の声が通り過ぎるのを待っているだけなのだ。

しかし、勝は違っていた。国家権力を相手に冗談で混ぜ返して煙に巻こうとしていた。俳優としてよりも、ぼくは彼に人間として興味があった。