ノーベル賞受賞 ゼロから学ぶ、大村智教授が開発した「薬」のすごさ

人類と寄生虫の闘いの歴史
佐藤 健太郎 プロフィール

製薬企業が現在力を入れているのは、遺伝子技術を駆使して作る「バイオ医薬」と呼ばれるものだ。これらは薬価が高く、企業にとってはうまみが多い。

バイオ医薬はがんやリウマチなどの難病に著効を示し、その治療を大きく変えつつある。筆者も、もし医薬にノーベル賞が出るとしたら、この分野かと考えていた。

しかし、ノーベル賞委員会は、あえて最先端のバイオ医薬でなく、泥臭い、古いタイプの研究によって生まれたイベルメクチンと、やはり熱帯病であるマラリア治療薬の開発を顕彰することを選んだ。

これは、先進国の疾患ばかりではなく、遥かに多くの患者が新薬を待つ熱帯病にもっと目を向け、医療格差を解消すべきという、委員会からの強いメッセージだろう。

大村博士の行った、発酵法による新薬探索は、寄生虫や感染症治療薬の開発に向いた手法だ。しかし近年、この方法では有力な化合物が見つからなくなりつつあり、製薬企業は次々この分野から撤退している。研究者たちも、退職あるいは他分野への転身を余儀なくされているのが現状だ。

しかし、現在の技術で培養可能な微生物はせいぜい1%であり、残り99%の細菌が生み出す資源は、まだ全く手付かずのままだ。技術革新によって、この宝の山にアクセスが可能になる日が来るかもしれないが、その頃には見つかった化合物を薬に育てる技術は散逸しているかもしれない。

新薬を待つ数億の患者のためにも、今回のノーベル賞が、少しでもその流れを食い止めてくれることを期待したい。「賞を獲れてよかった」で終わるのでなく、一人でも多く大村博士の後継者を育てる努力が、今後最も必要になるのではないだろうか。 

佐藤 健太郎(さとう・けんたろう)1970年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。医薬品メーカーの研究職、東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教等を経て、現在はサイエンスライター。2010年、『医薬品クライシス』(新潮新書)で科学ジャーナリスト賞。2011年、化学コミュニケーション賞。著書に『炭素文明論』(新潮選書)、『「ゼロリスク社会」の罠』(光文社新書)ほか多数。47都道府県32万kmを走破した国道マニアとしても知られ、『ふしぎな国道』(講談社現代新書)の著書もある。 最新刊は『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)