ノーベル賞受賞 ゼロから学ぶ、大村智教授が開発した「薬」のすごさ

人類と寄生虫の闘いの歴史
佐藤 健太郎 プロフィール

1974年、大村博士のグループは、静岡県川奈で採取した土から、有望な化合物を発見する。

共同研究相手である米国の製薬会社・メルク社にこれを送って各種試験を行なったところ、動物の寄生虫に対して素晴らしい効力を持っていることがわかった。

さらに改良を進めて得られた最強の化合物は、牛1頭に対してわずか0.0002グラムを投与しただけで、99.6%の寄生虫を駆除するという、まさに桁外れの効果を発揮したのだ。ノーベル賞の対象となった化合物、イベルメクチンの誕生であった。

イベルメクチンは、牛や犬などに対する駆虫薬として発売され、ベストセラーとなった。

1980年頃には3年程度であった犬の平均寿命は、近年では15年ほどに延びている。もちろん飼育環境の改善なども要因だろうが、イベルメクチンの威力なくしてここまでの寿命延長はなかったことだろう。現在まで、動物薬としてのイベルメクチンは、2兆円近い売り上げを叩き出している。

フィラリアに対して高い効果を持ち、安全性にも優れたイベルメクチンを、ヒトのフィラリア症にも適用してみようと考えるのは自然な流れであった。試験の結果、オンコセルカ症に対する優れた効果が実証され、アフリカなどで投与が開始された。

特筆すべきこととして、メルク社はすでに動物薬で十分に利益を上げていたため、オンコセルカ症に対するイベルメクチンは無償で供与された。これにより、これまで10億人ほどの人々がイベルメクチンを服用することができ、失明を免れた人の数は数十万に上るとみられる。世界を変えた薬という表現は、全く大げさではない。

大村博士は研究者としても大成功を収めたが、人生の大成功者でもある。メルク社が北里研究所に支払ったイベルメクチンのロイヤリティは250億円にも上り、新たな研究所や病院、看護学校の建設資金となった。

また大村博士は芸術にも造詣が深く、美術館を建設し、自らのコレクションとともに故郷に寄贈している。近ごろ盛んにいわれる産学連携の走りであり、最高の成功例といえよう。

ノーベル委員会の心意気

世界保健機関(WHO)は、アフリカ睡眠病、デング熱など17の「顧みられない熱帯病」を指定し、その制圧を目指している。

これら17種の病気のうち、実に11種までが寄生生物によって引き起こされる病気であり、オンコセルカ症もそのひとつだ。これらは149の国に住む15億人に感染し、毎年50万人の命を奪っている。しかし21世紀の今も、これら熱帯病に対する薬の開発は十分に進んでいない。

抗寄生虫薬の開発は、他の薬に比べて必ずしも難しいわけではない。たとえば日本では、マクリまたは海人草(かいにんそう)と呼ばれる海藻が1000年以上前から駆虫薬として用いられ、効果を上げてきた。平清盛の命を救ったのも、あるいはこの薬かもしれない。

にもかかわらず、寄生虫がいまだ熱帯に蔓延しているのはなぜか。

端的に言えば、これらの治療薬が、製薬会社にとって儲からない薬であるためだ。膨大な資本の投下を必要とする製薬産業にとって、購買力の低い層を相手にする医薬は、手を出しにくいのは事実だ。