ノーベル賞受賞 ゼロから学ぶ、大村智教授が開発した「薬」のすごさ

人類と寄生虫の闘いの歴史
佐藤 健太郎 プロフィール

いまなお恐ろしいフィラリアという病気

とはいえ、寄生虫の問題は決して終わった問題などではない。特に、生物多様性の高い熱帯地域においては、多くの寄生生物が人命を脅かしている。

前述のように、受賞対象となった大村博士の業績は、オンコセルカ症治療薬の開発だ。この病気は、フィラリアと呼ばれる糸状の虫が寄生することによって起こる。フィラリアは皮下に棲みつく他、目の組織内を移動してこれを傷つけるため、視覚障害の原因となる。

世界中では1800万人以上が感染しており、うち50万人が視覚障害になり、27万人が失明したとされる。多くの場合、川の近くでブユに刺されることによって感染するため、「河川盲目症」の別名がある。

オンコセルカ症は、開発途上国における主要な失明原因だ。しかもこの病気がはびこるエリアでは、河川付近の居住・耕作ができなくなるため、食料生産も大きな制約を受ける。単純な患者数以上に、影響が大きい病気なのだ。

フィラリアは世界各地に分布し、多くの病気を引き起こす。皮下の結合組織が異常に増殖して硬化する「象皮病」もフィラリアの一種が原因で、西郷隆盛もこの病気に苦しんだとされる。また、犬に寄生する種もあり、心臓や肺動脈に入り込んで命を縮めるので、愛犬家にとっては大敵といえる寄生虫だ。

恐ろしく手間がかかる「発酵法」

新薬を探すには、いろいろなアプローチがある。

大村博士が採ったのは、土壌中に潜む細菌の生産する化合物を探す、いわゆる「発酵法」であった。

土の成分や環境によって、棲んでいる細菌はそれぞれ異なる。各地の土を集めてきて菌を純粋培養し、その作り出す成分を抽出する。この抽出液を様々な試験にかけ、何らかの生理作用を持つものが見つかったら、これを精製して有効成分のみを分離する。得られた成分は、動物実験でも有効か、毒性はないか、生体内での挙動はどうかなど試験を進め、優れたものを選び抜いていく。

文章で書けば数行だが、どの段階も恐ろしく手間のかかる、地道な作業だ。いつ当たりを引けるかは誰にもわからず、何千回と実験をしても全て無駄ということもある。

しかし大村博士は、効率よく有効成分のふるい分けができる試験法の工夫、精製法や分子構造の決定法など、全てに優れた技術を持っており、次々にユニークな化合物を発見していた。