妻を喪った元SP、大志を閉ざした元政治家秘書、父親を亡くした少年---「後悔」を秘めた男たちの内面に迫る群像劇

インタビュー「書いたのは私です」永瀬隼介
週刊現代 プロフィール

誰もが抱く感情をテーマに

―小津も大崎も、「職分」に忠実たろうとする職人気質で、藤沢周平の描く侍を彷彿させます。

意識したことはなかったですが、そう言ってもらえて光栄です。20代の頃、藤沢さんの作品に熱中しましたから。

小津は、妻の夏帆が亡くなってからは気力をなくし、彼女が残したレシピにそって料理をつくり、かろうじて自分を保っている。着想の元は米国の映画で、他界した奥さんの蔵書を夫が一冊一冊読んでいくのがヒントになっています。

―レシピが尽きていくのがある意味スリリングです。この日常が続くと思うから、人は大切な人に対してぞんざいになったりする。突然それが断ち切られ「あの時、一声かけていれば―」と小津は後悔しつづける。誰もが抱く感情をテーマにされていますね。

小津は警察官でしたから、「覚悟」はしている。でも、それは自分の死で、妻に先立たれることではなかった。だから妻を思う気持ちは強いのに仕事を優先し、妻のことは後回しにしてきた。

昔、取材したある警察官が「朝は絶対笑顔で家を出ることにしている」と話していたのが記憶に残っています。喧嘩した顔が最後になってしまうと、女房は一生後悔することになるからって。

―結婚してからの2年半分の夏帆の日記は、食卓を共にしなかった晩餐のレシピノートであるとともに、夫へのラブレターになっています。

そう。彼女はまさか自分がいなくなった後に読まれるなんて思っていないから、時々の気持ちをそのまま書いてしまっている。それを読んで小津は落ち込む。

―そのレシピもそうですが、「いぶりがっこ」「しょっつる」といった秋田の食材が印象的な使われ方をしています。永瀬さんご自身も厨房に立たれたりするのですか?

子供が小さかった頃はカミさんが弁当を作ってくれていたんですが、大きくなってからは・・・・・・(笑)。いまは仕事場で昼に一人分のご飯を炊いています。料理じたいは好きですよ。

―後半、「ミカド」と呼ばれるアングラビジネスを束ねる若者が登場し、物語は急転します。惹きつけられるとともに嫌悪感を抱かせる人物ですね。

嫌悪は当然でしょうね。たとえ生い立ちに同情すべきところはあるにしても、彼がやっていることは極悪非道ですから。

事件記者を長くやっていたものですから、人を殺めても平然としている連中を大勢見てきました。彼らを理解しようとして取材を重ねるんですが、ついにわからなかった。わかり合えない人間っているんです。だからなのか、小説ではとことん悪いヤツを描きたくなるんですよ。

―本作に合わせ、永瀬さん自身の「悔い」をお聞きしてもいいですか?

いまの話とも繋がりますが、『19歳の結末 一家4人惨殺事件』(祝康成名義)という本を書いたときに、毎週のように拘置所で犯人の少年に面会したものの、結局内面に迫りきれなかったことですね。私が小説を書くのは、人間に肉迫したいからです。

―今後、特別な事件のない、市井の人を描く小説にスイッチされていくようなお考えは?

悪徳警官や凶悪犯が出てこない小説に転向するのかということでしたら、次の作品はもうバリバリのバイオレンスです(笑)。その後はまた静かなものを書きたくなる。その繰り返しでしょうかね。

ながせ・しゅんすけ / '60年鹿児島県生まれ。週刊誌記者を経てジャーナリストとして独立。ノンフィクション作品を発表しつつ、'00年『サイレント・ボーダー』で小説家としてもデビュー。著書に『彷徨う刑事』『ダークシティ』他

(取材・文/朝山実)
『週刊現代』2015年10月24日号より

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悔いてのち
著者=永瀬隼介 (光文社/1700円)

電話一本、メール一本入れていたら…。もうひと言、声を掛けていたら…。多忙な日々に流されてしまって…。大切な人を亡くした二人の男、大志を閉ざした男、後悔を秘めた三人の男たちがいま、出逢う
 

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