日本はがんを克服できるか?
~現役医師で作家の久坂部羊が描いた「がん治療の現実」

インタビュー「書いたのは私です」久坂部羊
週刊現代 プロフィール

医者にもがんが治る本当の理由はわからない

―本作には「がんもどき理論」で有名な近藤誠さんをモデルにした人物も出てきますね。

岸上教授ですね。近藤先生の理論は、簡単にいえば、小さながんは見えず、見えるころにはがん細胞が5000億個ぐらいになっているんだから、移るがんならすでに転移しているはずだし、見えるほど大きくなるまで転移しないがんは、もう転移しないから放置しても大丈夫というもの。

ちょっと白黒分けすぎで、私はがんの性質にはもっとグラデーションがあって、見つけた段階でとったほうがいいがんもあるとは思いますけどね。

近藤理論は医学界で強く批判されていますが、批判している人たちの説も根拠はないので、仮説という意味では五分五分。ただ、医師がみんな「治療しないほうがいい」と言ったら医療は進歩しないでしょう。一方で治療したために苦しんだり、寿命を縮めたりする人がいるのも事実です。

―他の医師たちにもモデルはいるんでしょうか。

特定の人物というわけではないですが、実際に似たような医師たちはいますね。青柳のようにすごく優秀だが、屈折して変わっている放射線科医や、白江のように物腰は感じがよくても、上昇志向と野心の固まりという女性医師もいます。

―本作に登場するがんの治療法も、最先端のものを含めて実際に存在するものですか。

はい、主役の一人、報栄新聞の矢島塔子が受けるネオ・アジュバント療法も、青柳が推進する粒子線治療も、玄田教授グループの手術支援ロボットも現実にあります。

また、手術の場面、医師や患者のふるまいもかなりリアルに描いています。現実には、医師同士の足の引っ張り合いは、ここまで酷くはないでしょうけれど。

―末期がん患者からきれいにがんが消えてしまうところは、さすがにフィクションでしょうか?

あれも私の医局の先輩が自ら経験したことです。

私自身が外科医だった当時も、早期がんなのに亡くなる方もいれば、進行がんなのに死なない人もいた。治療が引き金になってがんが一気に進行したように感じたり、手遅れだからと、何の治療もしなかった人が長く生きたり、ということもありました。

―すべきでない治療を受けてしまった人も、適切な治療を受けている人もいるわけですね。

しかし、その判定が現代医学にはできないんですよ。日本ではがん検診が盛んですが、国際的には検診に医学的な意味があるとは考えられていません。検診を受けたがために結果として切らなくていいがんを切ってしまう人、放置していたら10年生きたものを、早期発見して治療したために3年で亡くなる人もいます。

―本書を読むと、最新医療によってがんは克服されつつあるわけではなく、実際には、まだわからないことだらけのように感じます。

そのとおり。それなのに医師がわかるように見せかけているのはまさに虚栄。それこそが本作で伝えたかったことです。

患者さんは恐怖心から感情的になる。一方、医師はわからないことをわからないとは言えず、虚勢を張って誤魔化す。そうやって互いに信頼関係を損なっていては良い医療は実現できませんよ。

がん治療の現状をしっかりと理解し、それを受け入れることができれば、医師と患者が今できることのなかで協力し合いながらベストの治療を選択できるようになる。小説で医療の現実を描くことで、私はより良い医療を実現させたいんです。

(取材・文/土屋敦)

くさかべ・よう/'55年大阪府生まれ。大阪大学医学部卒業。作家・医師。'03年小説『廃用身』でデビュー。'14年『悪医』で第3回日本医療小説大賞を受賞。他の小説に『芥川症』『いつか、あなたも』、エッセイに『人間の死に方』などがある

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『虚栄』
久坂部羊・著 KADOKAWA/1700円

凶悪化がん治療国家プロジェクト「G4」の発足に、外科医・雪野は期待を抱いた。手術、抗がん剤、放射線治療、免疫療法。四グループの邂逅は陰謀に満ちた覇権争いに発展。がん医療の最先端をサスペンスフルに描く!

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『週刊現代』2015年10月17日号より