いま、江戸を舞台に小児医を描く意味
〜土地と時代のリアリティをどう追求するか

インタビュー「書いたのは私です」朝井まかて
週刊現代 プロフィール

あえて謎解きはしない

―三哲を取り巻く登場人物たちも、娘のおゆん、弟子の次郎助、口うるさい産婆のお亀婆さんなど、実にバラエティ豊か。とくに佐吉というシングルファーザーが、今なら「イクメン」と言われそうな色男で印象的でした。

当時は共稼ぎが普通でしたから、「イクメン」は珍しくありませんでした。

ただ、ご近所みんなで子供を見る、世話をする。子育て環境は何重もの縁によって、リスクヘッジされていたと言えるでしょうね。メインプレイヤーの親だけでなく、代打で出られる人がたくさんいるんですから。そのぶん、面倒臭いことも多かったでしょうけれど(笑)。

最近、小説やテレビで「ホームドラマ」が少なくなったなあ、と感じていたこともあり、本書ではそんな市井の人々の、今の時代にも通ずる悲喜こもごもを描こうと決めました。

―おゆんのなかなか進まない恋愛模様も本書のひとつの魅力ですが、彼女の周りの町人たちは、かなり自由に恋愛を楽しんでいますね。

江戸時代は、武家に生まれるか町人に生まれるかで、恋愛や結婚の自由度がまったく違いました。

庶民は、まず寝てからが恋の始まり(笑)。日本人はそもそも、性に奔放ですからね。ただ、それゆえに堕胎も多かった。本書でもそこは避けて通れないと思い、登場人物たちに向き合わせました。

―本書は三哲が城の奥医師になるところで終わっていますが、それ以後の活躍も気になります。

読者さんから「続編が楽しみです」という言葉をいただくことが多くて。あえて謎解きをしないまま置いてある箇所もあるので確信犯なのですが、嬉しい反応です(笑)。

がさつな三哲が奥医師となって大奥の女たちに嫌われるシーンを想像するだけで楽しいので、いつか機会があれば書きたいと思っています。

―気風の良い江戸言葉の会話も楽しく読みました。大阪に長年暮らす朝井さんが江戸弁を書くのは苦労されたのでは?

落語が好きで、古今亭志ん朝さんを聞いていたことが役に立っているかもしれません。それと、漱石の小説ですね。庶民の言葉遣いに江戸弁が残っていますから。

幕末の水戸を舞台にした『恋歌』では専門家の方に水戸弁の確認をお願いしたのですが、女性の話し言葉の記録が少なくて大変でした。小説では会話も重要な文体の一部ですから、土地と時代のリアリティをどう追求するかにいつも悩みながら取り組んでいます。

―そういえばすでに文庫になっている『すかたん』は、江戸時代の大坂の青物問屋で働く女性が主人公ですね。

はい、船場の旦那言葉は桂米朝師匠で学ばせていただきました(笑)。

ちなみに『すかたん』は、「大阪の本屋と問屋が選んだほんまに読んでほしい本Osaka Book One Project」の今年の選定作に選ばれたんです。

このプロジェクトは、売り上げの一部を、児童養護施設の子供たちに本を寄贈する費用に充てる、全国でも珍しい活動です。

読みたい本を手に入れられない子供たちが、まだたくさんいるんです。

ぜひ本書と合わせて『すかたん』も読んでみてください。どちらも、仕事や家庭、恋にお疲れのあなたに、きっと「効く」と思います。

あさい・まかて/'59年大阪府生まれ。'08年第3回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞してデビュー。'13年『恋歌』で本屋が選ぶ時代小説大賞2013、翌年に同書で直木賞受賞。同年『阿蘭陀西鶴』で織田作之助賞を受賞。『すかたん』他

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『藪医 ふらここ堂』
講談社/1600円

家族、夫婦、子育て、はては「恋」まで診立てます。天野三哲は江戸・神田三河町で開業している小児医。「面倒臭ぇ」が口癖で、朝寝坊する、患者を選り好みする、面倒になると患者を置いて逃げ出しちまう、近所でも有名な藪医者だ。ところが、ひょんなことから患者が押し寄せてくる。三哲の娘・おゆん、弟子の次郎助、凄腕産婆のお亀婆さん、男前の薬種商・佐吉など、周囲の面々を巻き込んで、ふらここ堂はスッタモンダの大騒ぎに―。

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(取材・文/大越裕)
『週刊現代』2015年10月10日号より