「下流社会」からの一発逆転を狙い
買いデイトレーダーに転じる若者たち

 朝七時三十分頃から、準備をはじめる。

 アメリカの有料チャートソフト"QCharts"でシカゴの日経平均先物、引けた後の米国市場の動向をチェックする。

デイトレーダー 一日に何度も売買を繰り返す。ギャンブルのような依存性の高さを問題視する声もある

 その時に、気にかけるのは「チャートにギャップがあるかどうか」。

 そして、その日の売買戦略を組み立てる。

 前場の売買が終了した後、後場に入る前に、再度、売買戦略を練り直し、後場開始前の十二時十五分前後から市場を眺める。

 この時に、前場で売買された銘柄、前場に予測していた売買のチャンスが後場に廻りそうな銘柄などをみきわめる。

 市場が引けた後の午後三時以降、米国市場が確定していない段階において、翌日の日本市場が、アメリカの影響を受けないという前提で、翌日の売買プランを立ててみる。

 NPO法人日本デイトレーダー協会理事長、砂田洋平氏の一日である(『エコノミスト 投資の達人』平成十六年一月五日号)。

 デイトレーダーのなかには、板情報、ランキング、株価指標、チャート、売買用端末など十数台のパソコンを使う者もいるというが、砂田氏は二台しか使わない。一台でも、十分、デイトレードは可能だという。

限りなく非現実的な投資の根拠

 かつて「日計り」と呼ばれた、一日に複数の取引を行って、細かい利益を積み重ねる投資の手法は、インターネットの発達とそれにともなう証券会社の変容によって、いわゆるデイトレーダーと呼ばれる投資家たちを産み出した。

 アメリカを発祥の地とするデイトレーダーは、日本でもいわゆる金融ビッグバンが行われていた平成十三年前後に劇的に増加した。

 平成十八年の、ライブドア事件をピークとして、減少傾向に転じたものの、それでも持ち越しのリスクがなく、初心者でも入りやすく、手持ちの資金を短時間で何度も投資できるデイトレードが、新しく活発な投資家の層を形成している事は、否定できない事実である。それはまた、株式市場のみならず、日本経済の現在を、端的に示す存在でもある。

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 日本銀行調査統計局、情報サービス局に勤務し、第一生命経済研究所主席エコノミストに転じた、熊野英生氏は、デイトレーダーを「一発逆転を狙う『下流社会』からの奔流」と規定する。

「なぜ、ネット取引への参加者がギャンブルのように、株式投資を扱う人が増えてしまったのか。
  そこには『下流社会』の筆者、三浦展氏が描くような社会構造があると感じる。彼らは『自分の階層は下流だ』と平気で答える一方で、抜きがたく『人生の一発逆転』の願望を持っている若者は少なくない。
  都会のフリーターの中には、役者・芸能人を夢見て、非正規雇用に甘んじている者が四〇万人もいるという説がある。就職・再就職のタイミングを逸して、その後、有名大学院を渡り歩いて、いつかはベンチャー企業を起こしたいという者も山のようにいる。
  彼らにとっては、株式市場が『人生の一発逆転』を可能にする装置に見えるので、安易に参入してきて失敗の深みにはまる。デイトレーダーの真の達人たちは、きちんと『投資で重要なのは精神力だ。一発逆転は絶対にできない』と正鵠を射たことを繰り返し書いているのに、そのメッセージは先見的には伝わらない」(『中央公論』平成十八年一月号)

 日本社会、経済の停滞からくる閉塞状況が、いわゆる「下流」の厚い層を産み出し、自らが下流であるという「正確な」認識が、「人生の一発逆転」としての、「役者・芸能人」あるいは「ベンチャー起業」という夢想を産み出す一方で、より「現実的」な可能性として、ネット投資が選択される、というメカニズムを熊野氏は、精確に分析している。

 この場合、きわめて厄介なのは、投資の実情が、経済的な現実性とかなり乖離している事であり、ある意味で彼等の抱く「夢」と同様の、ある種のファンタジーでしかないことである。

「彼らのリスク・リターンの感覚は、ロスカットのタイミングを間違えず、利益確定を積み重ねれば、リスクを負わずに巨額の富を築けるというものである。それは、あたかも銃撃戦の中で、自分は銃弾よりも素早く動けるので、決して命を落とさないと信じている感覚に似ている(ウォシャウスキー兄弟の映画『マトリックス』の主人公ネオのように)」
(同前)

 それは「一発逆転」という、夢物語にふさわしい、非現実的な営みにすぎないのだが、実際的な損失は、容赦なく彼等にのしかかってくる。

「筆者には個人投資家の調査を行った経験があるが、ネット取引に熱中する人が何を判断材料にしているのかを尋ねたところ、家事手伝いの人から『私には決算資料はわかりません。チャートだけ』という答えを聞いた。この発言は、インタビューをし始めた最初の頃だったので、はじめは狂気の沙汰だと感じた。
  しかし、投資の手法として、過去の株価の移動平均線に注目するテクニカル・チャートしか使わないという答えが、ごく一般的であった。
  財務諸表を一生懸命分析しても、株価は公開された業績とは無関係に動くので重視しないという若者の話はいちおうごもっともにも聞こえる。超短期売買というスタイルだから企業分析が軽視されるという理屈なのである」(同前)

 こうしたロジックは、投資する彼等自身にとって受け入れやすいもの、「夢」の実現を可能にする、シンプルでめんどうくさくないものなのだろう。確実にリターンを得る、成功し充実した人生を送るには、努力の積み重ねと、試行錯誤、長期にわたる研鑽が必要だという常識は、すっぱり切り捨てられている。

 彼等にしてみれば、「一発逆転」というファンタジーを追求しているのであるから、そもそも、そうした現実性、着実性は切り捨てられているのだろうが。であるから、投資の根拠もまた限りなく非現実的である。

「では、銘柄選択などの情報はどうしているのか。新聞・情報誌などはあるが、口コミが断然有利という人は多い。しかし、口コミといってもその正体は、ネット掲示板の書き込みだったりする。
  時折、ネット上の書き込みやブログの情報をさんざんに悪く話している人に出会って話を聞くと、実はその人自身がインターネットの情報にどっぷり依存していたりするので、むしろ、がっかりする。掲示板の利用者には、『これは企業内部の人が流している情報ではないか』という書き込みを発見して大興奮したと体験を語る者もいた」(同前)

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