江戸時代のはじめ、九州の雄・黒田藩にお家騒動が巻き起こる。旧臣の智恵と幕府の思惑、キリスト教が絡み合う歴史長編

インタビュー「書いたのは私です」葉室麟
週刊現代 プロフィール

宮本武蔵、柳生十兵衛、天草四郎も登場

大膳は送り込まれた卓馬と舞を寝返らせ、自らの手先として逆に采女正の動向を探らせようと画策します。

これも忠義の問題になりますが、当時の武士たちはひとつの藩に忠誠を誓うという考えはありませんでした。彼らは自立心が高く、どこであろうが、自分の力で生きていくという意思が強かった。主君を変えることにも、さしたる躊躇はなかったと思います。

権之助と卓馬・舞兄妹が駆使する「杖術」とは、杖を使って相手を打撃する武術です。

今回の物語では、簡単に人を死なせたくなかったんです。その点、おもに木製の杖を使う杖術であれば、殺さずに相手を気絶させることができます。権之助はこの時代に実在した人物ですし、杖術は黒田家でも代々、指南されてきました。

権之助と卓馬・舞は、刺客として送り込まれた宮本武蔵や柳生十兵衛という名だたる剣豪と死闘を繰り広げます。活劇としても楽しく読めますね。

本作は地味に書こうとすると、藩と幕府の政治的駆け引きばかりの内容になってしまいますが、それだけでは面白くありません。

そこで、実際に権之助と対決したという宮本武蔵や、この時代に実在した柳生十兵衛を登場させました。武蔵や十兵衛は時代小説においてはスターですし、僕自身、幼い頃から彼らに関する小説を数多く読んできましたから、書いていて楽しかったですね。

黒田家をはじめとする九州地方の各大名と、キリシタンとの関係も、今作の重要なテーマとなり、あの天草四郎も登場。終盤の展開に大きく関わってきます。

イエズス会は、キリスト教徒であれば自国との交易を認めるとの姿勢でした。そのため戦国時代から、九州の大名は実利を求めて、自らキリスト教徒になることがありました。

しかし幕府は、大名が外国と交易し、武器を調達して力を蓄えることを恐れ、キリスト教を禁止した。家光の時代になると弾圧は過酷になり、キリシタンに近いと見なされた大名家は取り潰しになる恐れもありました。

後に棄教したとはいえ、官兵衛やその子・長政はかつてキリスト教徒だったので、黒田家はその事実を幕府に蒸し返されないよう警戒していました。

作をはじめ、葉室さんは九州を舞台とする物語を多く書いてきました。時代小説を書く上で、九州の魅力とは?

自分の出身地ということもありますが、僕は九州の人間のからりと明るいところが好きなんです。時代小説はどうしても人の生死にまつわる話が中心になりますが、憂いを強調したくない僕にとって、九州は恰好の土地。これからも、この地にまつわる物語を書いていきたいですね。

はむろ・りん/'51年福岡生まれ。地方紙記者などを経て'05年『乾山晩愁』で歴史文学賞を受賞しデビュー。'07年『銀漢の賦』で松本清張賞、'12年『蜩ノ記』で直木賞を受賞。『秋月記』『橘花抄』『春風伝』『蒼天見ゆ』など著書多数

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『鬼神の如く 黒田叛臣伝』
著・葉室麟 新潮社/1600円

戦う相手は殿でも、ましてや将軍家でもない。――神君家康公だ。「謀反の疑いあり」――黒田家家老・栗山大膳は、虎視眈々と大名家の取り潰しを狙う幕府の次なる標的は自藩だと悟りながら、主君を訴えた。九州の覇権を狙う細川家、ルソン出兵を志す将軍・家光、そして藩主・黒田忠之に命を追われるなか、不敵に振る舞い続ける大膳の真意とは? 黒田騒動を舞台にまことの忠義と武士の一徹を描く本格歴史長篇。

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(取材・文/平井康章)
『週刊現代』2015年9月26日・10月3日号より