ヘイトスピーカーには「覚悟」がない!想像力で「言葉の暴力」を防ごう

久田 将義 プロフィール

僕は取材相手がヤクザや準暴力団(警察庁では関東連合や怒羅権など暴走族OBをそう規定している)も多かったので、彼らから脅迫、恫喝、軟禁などもされてきました。彼らなりの「抗議」でした。

実際にその人間らと対峙すると小心者の僕は怖さのあまり顔から血の気がひくのがわかりました。そういう体験を何度もしてきました。彼らは暴力を背景にして、人を恐怖に陥れるプロですから、僕のような一編集者の顔を真っ青にさせる事など朝飯前だったはずです。

前述した「関係ないぞ」という人間は、ヤクザも含めたアウトローと称される者たちです。事実、何人かの書き手や表現者が彼らの暴力に遭難しています。理想と現実は違います。現実に暴力は「在る」のです。

つまり「何を言っても良い。何を表現しても良い」はずの向こう側にはもしかしたら、僕らが何を言っても通じない圧倒的暴力が存在しているのではないかという想像力が、必要なのではないでしょうか。これは商業メディアでもSNSや掲示板においても言える事です。本来ならばこのような暴力をちらつかせる抗議は許されるものではありませんが。

イエロージャーナリズムという言葉があります。日本語では低俗誌などと評されます。こういう事が言えるのではないでしょうか。「イエロージャーナリズムが発達していればいるほどその国の文化は成熟している」と。北朝鮮などのメディア状況と比較するならば、イエロージャーナリズム誌が発刊できるだけ、マシだと思っています。例えば東京スポーツ紙の一面を飾るニュースが「カッパ発見!?」などは秀逸ではありませんか。

行き過ぎた言論の自由はブーメランともなる

肉体的暴力も論じたいのですが、紙数の都合上、このまま言葉の暴力についての論考を続けます。戒めも込めて、なのですが自分の口からいったん出た言葉は、言霊になると感じています。

例えばスキャンダルを起こした有名人が会見で「自分が噓を言っていたなら腹を切る」といった類の発言をするのを耳にした人もいるでしょう。僕は人の命には最大限の尊厳を以って接しています。

いたずらに、軽々しく「腹を切る」等という言葉は吐くべきではないのです。いったん口にしたら言葉はブーメランのように自分の元に返ってきます。それで実際、腹を切れなかったら周囲からいわゆる「吐いた唾を飲みこんだ」状態とみられ、軽蔑されるでしょう。

言葉は重い。いったん口にしたらそれを成し遂げるのが筋ですが、さすがに全てはムリです。しかし、命に関する言葉は、軽々に口に出すべきではないのです。従って、僕は相手に「殺すぞ」的な言辞は絶対吐きません。

「殺す」「死ね」などネットに浮遊する罵詈雑言も言論の自由だと僕は思います。言論の自由の素晴らしさを享受するのは良いのです。しかし、行き過ぎた言論の自由を行使する者は、自分の言葉に復讐されるかもしれない、という想像力を持つ事が現代のネット言論には必要なのではないでしょうか。

読書人の雑誌「本」2015年10月号より

ひさだ・まさよし
1967年、東京都生まれ。編集者。法政大学卒業後、広告代理店勤務の後、三才ブックスに入社。ワニマガジン社を経て、ミリオン出版にて隔月刊『ダークサイドJAPAN』創刊後、月刊『実話ナックルズ』編集長を務める。その後、月刊『選択』『週刊朝日』を経て、現在ニュースサイト『東京ブレイキングニュース』編集長。

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『生身の暴力論』
久田将義・著 税別価格:760円

人はなぜ暴力を振るうのか。人を殺すと眠くなるというのはどういうことなのか。アウトロー取材を重ねてきた著者ならではの暴力論。

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