開高健と佐治敬三〜誰よりも高く跳ぼうとすれば土に額をこすりつけ、地をはう蟻をながめねばならない

【特別公開】北康利『佐治敬三と開高健 最強のふたり』
北 康利

芥川賞史上もっともハイレベルな選考会として知られる、のちのノーベル賞作家大江健三郎との一騎打ちを制して華々しく文壇デビューを果たした彼は、新進気鋭の作家としてすでに十分認知されていたが、

「実際に見てみんことにはわからんやないか」

という言葉を残し、前月に開かれた東京オリンピックの余韻さめやらぬ日本をあとにベトナムへと向かった。

開高という男は、表面上豪快にふるまっていたが、むしろ壊れやすいガラスのような感性を持ち、アメリカの国民作家アーネスト・ヘミングウェイにも似て、性格の根本に繊脆(せんぜい)なところがある。旧制中学生だった戦中戦後に味わった辛酸は彼の心に大きな傷あとを残していた。

そんな彼を何が戦地に駆り立てたのか。

アメリカの正義なるものの欺瞞を暴いてやろうという思いもあったろう。人間の本質を、生きることの意味を、もう一度極限状況の中で見つめてみたいという思いもあったろう。

だが、理由はそれだけではなかった。

彼の半身と言ってもいい“ある男”の生き方を通じ、誰よりも高く跳ぼうとすれば土に額をこすりつけ、地をはう蟻をながめねばならないという確信が、彼のなかにあったのだ。

その男の名は佐治敬三(さじ・けいぞう)。

サントリーの二代目社長として辣腕をふるい、会社帰りにバーで一杯という文化をわが国に根づかせ、「サントリーオールド」を生産量世界一のウイスキーに育て上げた男である。

174センチの長身に黒縁の眼鏡、当時の経営者としては異例の長髪をなびかせ、早くから流行のカラーワイシャツを着こなしていたダンディーな紳士だ。