演出家・鴨下信一さんが選ぶ「わが人生最高の10冊」

疎開体験から始めた乱読癖と生きて
週刊現代 プロフィール

目が悪くなれば、演出の仕事はできませんし、本も読めません。僕は暗澹たる気分になりました。会社側が僕を気遣い、異動させるという話もあった。そのとき「これ以上は目を悪くしたくない」と思い、乱読癖をあらためることにしたのです。

退院後はできるだけ、過去の印象的な経験や、感銘を受けた映画、演劇、あるいは読書体験を思い出させてくれる本を選んで読むことにしました。

豊饒なる世界を思い出させてくれる

今の愛読書の1位は『芭蕉年譜大成』。松尾芭蕉の歩みを丹念に拾い集めた行動録です。芭蕉が、いつ、どこで、誰と会ったのかが、時系列で分かるようになっている。

僕は昔から芭蕉に関係する本を50冊以上は読んで来ましたが、この本を眺めると、さまざまな記憶が蘇ります。もちろん、芭蕉の俳句も思い出させてくれる。

その上、芭蕉の行動を細かに追っているので、彼の人柄が自然と浮かび上がって来るのです。

芭蕉の一番の関心事は弟子たちの統率でした。亡くなったのは旅先の大坂でしたが、その死の原因となったのも、弟子同士の喧嘩を仲裁しようとしたことだったのです。

2位は『新訂 閑吟集』。16世紀初頭にまとめられたとされる当時の歌謡集です。

これを読むと、奈良時代や平安時代の和歌の数々が思い出されます。歌謡集に、和歌がたくさん引用されているからです。

人々に愛される歌謡の歌詞というのは、現在でも、長年人々が親しんできた言葉を引用して、新しい形に組み合わせることの連続で生み出されていますよね。

3位は、全9集の『日本のうた』。明治元年の1868年から2010年までの流行歌2148作品の歌詞と譜面が収録されているのですが、これも記憶の賦活剤です。

網膜剥離の後は、ドラマの演出に対する考え方も随分と変わりました。いつまで撮れるか分からないので、好きにやろうと思ったのです。その第1作が『岸辺のアルバム』('77年、山田太一原作、脚本)でした。

放送終了後、向田邦子さんから自宅に電話が入り、「素適なドラマだったわよ」と誉めていただきました。幸い僕の目はその後も悪くならずに済んだけれど、向田さんは'81年に不慮の事故死を遂げてしまいます。人生は分からないものです。

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【最近読んだ1冊】

『新編 中国名詩選』(上・下)
川合康三編訳 岩波文庫 各1140円

「上古から清代までの漢詩500首を収録。李白、杜甫、白楽天……。これを読むと、日本の詩や小説が漢詩の影響を強く受けていることが分かります。現代語訳や解説も優れている。私の愛読書。若い人にも読んでいただきたい」

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かもした・しんいち/'35年東京生まれ。TBS相談役。東大文学部卒業後、'58年同社入社。『岸辺のアルバム』、『想い出づくり。』等を演出した他、『ムー一族』等を制作。著書に『日本語の呼吸』(筑摩書房)など

(構成/高堀冬彦)
『週刊現代』2015年9月26日・10月3日号より