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『しんがり 山一證券最後の12人』名セリフ第1位!

「会社の不正に物分かりの良い人間になってたまるか!」
書籍編集者 A

隠岐出身のバンカラ時代

もう三十五年以上も前の秋のことである。島根県・隠岐島出身である嘉本は当時、高校のそばにある寮に寄宿していた。

「先生が呼んじょっど」。友人の声に促されて職員室に行くと、岡という教師が嘉本に笑いかけた。

「山一證券から追加の募集が来ているぞ。受けてみるか」

当時、証券界は投資信託ブームだった。「銀行よ、さようなら。証券よ、こんにちは」という証券会社の広告が流れている。証券会社が新卒者を学校ごと採用したと言われた時代で、高校でも優秀な人材はすでに一次募集で採用されていた。

双子の弟は大学進学組だが、嘉本は勉強が好きではなかった。一応、国立島根大学を志望校とはしていたが、夏休みは毎日、はだしでソフトボールに興じては喧嘩をしていた。

ただし、「人様に迷惑をかけるな」と言われ続けてきたバンカラにはそれなりの自立心があり、「独り立ちしなければ」という焦りも強かった。

「いいところがあれば就職しますからお願いします」と岡には頼んでいた。だから、教師に「山一には隠岐島出身の役員がいたぞ」と教えられ、受験を勧められると、素直に同級生と大阪市中央公会堂に向かった。採用試験会場となった公会堂のその広大さと受験生の多さに度肝を抜かれた。

会社に大切にされたという記憶が嘉本にはない。大量採用だったからであろう。高校卒業前の二月にはもう大阪店に研修に駆り出され、卒業式にも参加しなかった。

俺は群れることが嫌いなのだ、と気づくには少し時間がかかった。付き合いが下手な上に、上司と口論しても折れなかったため、「生意気だ」と言われた。