サラリーマンの胸に刺さる
『しんがり 山一證券最後の12人』名セリフ!

「言いたいことが言える人間じゃないとね」
書籍編集者 A

10年目の真相

「そういえば、何年か前に、國廣さんをこの戦友会に招いたことがあったな」。菊野はそう言って、二〇〇七年秋の戦友会を振り返った。

それは破綻から十年後のことだった。外部調査委員だった弁護士の國廣正が戦友会の会場の真ん中にいた。座が落ち着くと、菊野は國廣の前にどんと座り、「まあ國さん、一杯飲めや」と日本酒の徳利を傾けた。

「あの時な、やったのはわしじゃ。ほら、朝日新聞にな、法的責任判定委員会の報告書をあげたんじゃよ」

口をぽかんと開けた國廣に、菊野は、「すまんかったなあ。あんたにひっかぶせて」と言ってワッハッハッと笑った。

「あっ」と國廣は漏らした。山一の最後の株主総会を控えた九八年六月、朝日新聞夕刊に、國廣たちがまとめた法的責任判定委員会の報告書がすっぱ抜かれたことがあった。そのために國廣はリークの犯人と叩かれたのだが、あれをやったのは自分だ、と菊野は告白したのだった。

「しんがり」のメンバーがまとめた調査報告書とは別に、山一から依頼を受けた國廣弁護士らが、経営幹部の法的責任を明確にした「法的責任判定報告書」があったが、当時の社長らの躊躇もあって公表は見送られていた。ところが新聞へのリークによってその内容が突然明らかになり、國廣弁護士らがリークの犯人と疑われたのである。

「まあ、勘弁してくれ。あれもわしのお勤めの一つだからな。世のため人のためじゃ」。呵呵大笑する菊野のそばで、事情を知る長澤もまた微笑んでいた。

菊野は自分の信念に忠実に生きることを人生訓にしている。判定報告書のように、封印されたものを元社員や家族たちに知らせることもまた、彼に課せられた「お勤め」なのである。

「わしのような者でも六十七歳まで働くことができたものな。必要以上の欲を持たんことじゃよ。いつ会社が潰れるか、経営者が替わるか、わからん時代になったが、努力する能力さえ磨いておけば、軋轢はあっても人は温かく迎えてくれるよ