【ビジネスパーソン必読】
小林陽太郎が遺した「ビジネスの名言」

こんな経営者はもう出ない
週刊現代 プロフィール

2000年代初頭、東京電力のデータ改竄など企業の不祥事が相次いだ頃、小林は産経新聞のインタビューにトップの心得をこう語っている。

「トップの意識が部長、課長にきちんと伝わることが肝心で、『俺の目を見ろ』式の経営は成り立たない」

「なにより、最終的な責任は、最高経営責任者にあるという気概を見せる」

小林は、'99年4月からは外資系企業出身者として初めて経済同友会の代表幹事に就いた。就任早々に「『市場主義宣言』を超えて」と題した提言を発表して、財界で話題となる。日本IBM相談役の北城恪太郎はそんな小林を間近で見て、「信念の人だと思った」と言う。

「『企業のあるべき姿は利益を上げるだけではなく、企業の活動そのものが社会に貢献するようになることだ』というのが、小林さんの考えでした。

しかし、当時は市場主義の導入が声高に叫ばれていた時期。小林さんの意見は批判されましたが、小林さんはこれを貫いた。反対する相手の話もじっくり聞き、そのうえで懇切丁寧に説明していました。あれから十数年が経ったいま、小林さんの言っていたことが浸透しつつあるのが感慨深いです。

当時、私が社外取締役の重要性を唱えた時、同友会内部でも反対意見が多かった。そんな時も、小林さんだけは『いやいや、こういう意見もあるんだから』と言って、守ってくれました」

常に原点に立ち返る

政治に屈しない財界人だった。小林とともに『新日中友好21世紀委員会』を務めた東京大学名誉教授の松井孝典は言う。

「小林さんが小泉純一郎首相(当時)の靖国参拝を批判すると、小林邸を街宣車が回りだし、玄関前に火炎瓶が置かれる事件に発展しました。しかし、小林さんは怒るでも逃げるでもなく、話題にすらしませんでした。

委員会では中国側の要人たちと会談するのですが、小林さんはここでも言うべきことは言う。教養人なので、東洋哲学などの話もされていた。中国側の方々は、この人は単なる金儲けの財界人ではないとわかり、小林さんを信頼していました」

小林は1998年、日本のリーダー層を育成するための日本アスペン研究所を設立する。

「若い人を育てなければダメだ」

小林は企業の、そして日本の未来のために、若いリーダーを育成することの重要性を唱え続けた。日本アスペン常任顧問の岡野雄治が言う。

「小林さんは、『単に利益を追求するだけの企業人を育成していては、グローバル化の中で取り残されてしまう』という考えをお持ちでした。アスペンのセミナーでは古典をテキストに対話するのですが、小林さんはかねてから次のようにおっしゃっていました。