【ビジネスパーソン必読】
小林陽太郎が遺した「ビジネスの名言」

こんな経営者はもう出ない
週刊現代 プロフィール

常に誠実であることにこだわる

富士ゼロックスで小林の3代後に社長を務めた有馬利男には、忘れられない思い出がある。

1990年代初頭、富士ゼロックスは米ゼロックスの傘下として、ビジネス領域がアジアなどに限られていた。が、小林ら幹部たちは、欧米にも進出したいとの夢を抱いていた。そこで、小林が一計を案じた。

それは、米ゼロックスと合弁で小型プリンタの製造会社を作り、そこを拠点に欧米ビジネスを展開しようというもの。有馬が述懐する。

「米国の親会社にすれば、自分のテリトリーに子会社がライバル企業を作るようなものです。当然、『何のつもりだ』ということになった。

しかし、親会社との交渉の場につくと、小林さんは堂々と持論を展開する。子会社だからという引け目もまったく出さず、むしろ議論をどんどんリードしていかれた。その迫力に凄みを感じました。

印象的だったのは、小林さんが騙しすかすような駆け引きをしなかったことです。むしろ、『互いに正面から向き合って本音を言い合おう』と最善を尽くされたんです。そして、『これが互いにとって正しい道なんだ』と納得するまで議論をした。

小林さんは常に誠実であることにこだわっていました。だからこそ、親会社の幹部も小林さんを尊敬していた」

人の話を謙虚に聞く

こうして米国に念願の会社を作ったものの、'00年代にはその会社の業績が低迷。不安に駆られた社員の退職が相次ぐ危機に陥ると、小林は再び動いた。有馬が続ける。

「当時、私がその米国会社の社長で、小林さんに相談したんです。すると、『よし、僕が行くよ』とすぐに来てくれた。そして小林さんが全社員を前に話してくれることになったんですが、経営の具体的なことは全然言わない。代わりに、ゼロックスの理念とか、日米関係の現状みたいな大きな話を始めたんです。

小林さんは言葉を大事にされる方で、いつも自分の言葉で語りかけてくれた。決して威張らず、立場に関係なく謙虚で、どんな相手の話もじっくり聞いてくれた。この日もそのうちに、社員たちは『なんか、この会社は大丈夫そうだ』と元気づけられた」

小林は周囲によく語った。

「中で仕事をするのではなく、外に行け」

それは次のような信念に基づいていた。

「新しいものを生み出すには、常に探求し続けること。そのためには、人の話を謙虚に聞くことが大切だ。他人のアイデアを素直に認めること、新しいアイデアに寛容であること。そこから創造性が生まれる」