講談社ノンフィクション賞受賞作決定発表!
眞並恭介『牛と土 福島、3.11その後。』

「受賞のことば」と「選評」
週刊現代 プロフィール

対象との距離をいかに取るか
髙村 薫(作家)

ノンフィクションとは端的に、書き手が自身の興味の対象を追いかけた軌跡である。どのくらい対象に惚れ込み、どのくらい肉薄したか。そして、そこで何を発見したか。発見したそのものは、同時代を生きる私たちに何を語りかけるか。

題材やアプローチの方法によってさまざまな軌跡があるにしても、書き手が自身の興味の対象に迫る情熱や気迫以上に、ノンフィクションをノンフィクションたらしめるものはないと思う。

今年の本賞候補作四作は、いずれも対象を追いかける強い意志において遜色なく、その意味ではノンフィクションの王道を行く作品群が揃っていて、読後感はいずれも爽やかだった。おかげで評者は今回、関心の多寡にかかわらず各々新しい発見をし、驚いたり感心したりしながら一読者として充実したひとときを過ごさせてもらった。

ところでノンフィクションにおいて、書き手が対象との距離をいかに取るかは、作品の出来・不出来に直結する核心であり、四作の評価を分けたのも基本的にその点であった。

たとえば書き手にとって思い入れのある対象であればあるほど、客観的な距離を取るのが難しくなるが、考古学界の旧弊と閉鎖性に斬りこんだ上原善広氏の『石の虚塔』、一世を風靡した東映の実録やくざ映画路線の内幕を追った伊藤彰彦氏の『映画の奈落』の二作がこれに当たる。両者ともに対象と書き手の距離が近すぎるために、前者はやや我田引水、後者はマニアック過ぎるという結果を招いた。

一方、尾崎真理子氏の『ひみつの王国』は、強い思い入れをもって対象に向き合い続けたものの、石井桃子という「ひみつの王国」を前に、最後は作者のほうが敗退した観がある。著名な童話作家の顔の奥に何かしらの異形を感じ取りながら、それを掴み切れなかった作者のパワー不足は否めない。

ひるがえって受賞作となった眞並恭介氏の『牛と土』は、原発事故で行き場を失った福島の牛たちを追いかけるのだが、人間の起こした悲劇と牛飼いたちの苦しみ、無垢な牛たちの悲惨と力強さの間合いが絶妙であり、地味ながら出色の読後感であった。