知らなかったではすまない「暴力」新時代〜あなたはどう立ち向かう?

【前書き公開】久田将義 『生身の暴力論』
久田 将義 プロフィール

 最近、言葉の力を軽く考え過ぎている人が増えているのではないか。言葉は人の口から出ると言霊となる。そして言葉は時にはブーメランのように自分に返ってくる。覚悟がない言葉を吐く人は自分の言葉に復讐される。

 言論の自由を軽く考え、人を傷つけたりするような言葉を発したとしよう。それは相手が「手を出してこないだろう」という憶測での言動だ。ところが「それがどうした。罪に問われるなど全然かまわない」という人間もこの世の中には存在する。想像力を働かせて、言葉は吐くべきだ。

 極論を言ってみる。

 言論の自由とは何を言っても構わない。
 その代わりに何を言われても構わない。

 そして、その延長線上に「何をされるか分からない」が在るかもしれない。そういう危機感を持つべきだ。「何をされるか分からない」の内容とは具体的には暴力を指す。

 言論の自由と暴力はコインの裏表のようだ。例えば「殺す」「死ね」等の言葉がネット空間を中心に浮遊している。もちろん、全てを真に受けている訳ではないが、本当に殺せるのか。殺せないなら、そういう言葉を吐くべきではないと、僕は考えている。これは個人の信条だが。

 言論の自由を語る行為は、暴力を語る事に通じる。逆説的に言えば、暴力を語るのは言論の自由の大切さを語る事になる。

 本稿はタイトルに「論」と銘打ってはいるものの、僕は雑誌編集者なので、哲学や心理学に基づいた論考をするつもりはない。

 裏社会や芸能スキャンダルなどを扱う月刊『実話ナックルズ』『ダークサイドJAPAN』というアウトロー(?)雑誌の編集長時代の経験と、前の二誌とはベクトルが全く違う月刊『選択』『週刊朝日』等、誌面の内容が硬質で政治家や企業から抗議が多い雑誌に在籍していた経験に基づいて、「僕たちの隣にある」「生身で感じられる」暴力を論じてみたい。

「すぐそこにある暴力」とはどんなものなのか。電車、街中での肉体的暴力、ネットにおける言葉の暴力などさまざまだ。そして、その暴力は、突き詰めると殺人にまで発展していってしまう。

 本稿では僕自身が裏社会の人間と呼ばれる人たちに遭遇したり、実際にトラブルにあったりした実体験から、色々な暴力について考察していく。

 暴力を肯定するものではもちろんない。しかし、現実に暴力は多様な形で「在る」訳だからそこから目を背けてはいけない。暴力に真正面から対峙してみたい。

久田 将義
1967年東京都生まれ。編集者。法政大学社会学部卒業後、産経メディックス入社。『ダークサイドJAPAN』『ノンフィクスナックルズ』『実話ナックルズ』(以上、ミリオン出版)、月刊『選択』(選択出版)、『週刊朝日』(現・朝日新聞出版)などの編集を手掛ける。著書に『トラブルなう』『関東連合〜六本木アウトローの正体』など。