二宮清純「鈍足ノムさん『本盗』の勧め」

二宮 清純 プロフィール

“上から目線”のスキを突く

 野村さんに会ったのは、この数日後です。タイムリーな話題だけに、感想を求めました。

「ホームスチールはねぇ。僕の得意技だったんですよ」

 ニヤリと笑った野村さん、例のボソボソとした口ぶりで話し始めました。

「僕はねぇ、こう見えてもホームスチールを7回も成功させているんですよ」

 これは意外でした。野村さんといえば鈍足で知られています。その野村さんが、ホームスチールを7回も成功させているとは……。これこそ、まさかです。

「いやねぇ、僕が三塁にいても、相手バッテリーは“絶対に走ってこない”とタカをくくっている。ピッチャーは悠々と大きなモーションで投げてくる。そこを狙うんですよ」

 そして、得意気な口ぶりで、こう続けました。

「いや、単に走ってもダメなんです。バッテリーにエサをまくんですよ」

「エサ?」

「そう、1球目にダーッとスタートを切って途中でやめる。すると、相手ピッチャーは“ノムさん、何やってるの?”と僕をバカにしたような表情を浮かべるんです」

 ピッチャーは「どうせ、走る気もないくせに」と、“上から目線”で野村さんを見るそうです。

「これで相手の心にスキができる。まさか2回も続けてやってくるとは思わないでしょう」

 ピッチャーが「まさか!」と口走った時には、もう勝負はついているのだと、野村さんは語っていました。