「ナンパの達人」と「インタビューの名手」が明かす、コミュニケーションの極意

特別対談 聞き・書き・生きる(前編)
尹雄大, 高石宏輔

:遅々として時間が進まない感じを僕は「意識の半返し縫い」と呼んでます。裁縫で半針ずつ返しながら縫うやり方です。自分の意識と書き表そうとする速度はどうしてもズレてしまう。それを反映させようとすると、人からはもどかしい書きぶりに見えるみたいです。

これがインタビューになると、あまりしゃべらないというふうになってしまいます。ダンサーで俳優の田中泯(みん)さんにインタビューした際、「こんなにしゃべらないインタビュアーは初めてだ。調子が狂うなぁ」と言われました。田中さんもあまりおしゃべりじゃないのですが、否応なくしゃべらされることになってしまったみたいです。

高石:田中泯さんが尹さんのペースに入らざるを得ないって言うのは凄いですね(笑)。

:そうですね。もちろん具体的な内容を尋ねもしますけれど、僕は相手の「考えていること」よりも胸の奥にある「言わんとしていること」を聞きたいんです。「考えていること」はいわば公式見解です。それよりも、その人も言葉にしきれていないモヤモヤについて聞きたいのです。ロジカルに整理された言葉になる前の段階ですね。

それはインタビューイも簡潔に説明できない何かです。ただ体験という具体的なエピソードを聞いていると、ちらっとその人の体感が覗く瞬間があります。そこが自分にとっては肝だったりします。

高石:なるほど。尹さんのご本は奇しくも自分の本と同じ編集者によって担当され、時期も前後して刊行されました。だから興味を持っていたんです。身体的なことも書いてあるし、自分とどう違うんだろうという興味があって、どうしても読みたいと思って。

それで読んだ時に、エピソードがもわっと残る感じが印象に残りました。

「これだ……!」

と思って。自分ができてないことがここにある、と。気になったエピソードはマーカーを引いて何度も読み返しました。「この感じはどう生まれるんだろう」と思ったんです。

それは何か。僕の中で言葉にできる明確なものがありました。「情けなさ」とか「弱さ」とかがそのままポツンと置かれているという感じだったんです。それで嫌な感じがまったくない。そして、自分が生きている世界のことを思わされるという感じがありました。

僕もエピソードは書きましたが、それは共感をうながしてそこから自分のカウンセリングなどのノウハウを読者に埋め込むための、悪く言えば「洗脳の前段階」になっている。じわじわじわって……沼なんですよ。足を踏みかけたらずぶずぶずぶっとはまってしまう仕掛けとしておいてある。

けれども尹さんの場合は、ただ、そこにエピソードがある。それを見た時にこっちの方が良いな、と思いました。自分ができていないことだから、ということもあるでしょうけれども。

フラットなエピソードをぽんと目の前におかれて、だから何というわけじゃないじゃないですか。でも語られていること、たとえば「スーツケースを持って東京駅の階段を上っていると、上からお前がどけと言わんばかりにスマホを持った女性が立ちはだかる」というシーンが本の中にもあるのですが、それを読んでから、街を歩いていて人とぶつかりそうになると、そのエピソードを思い出すんです。

あそこで尹さんが、彼女に「ちょっと、スーツケースを持っているのですいません」って言えば良かったかな、って書いていますよね。自分だったらどうかなと。自分は攻撃的なので「この女の人は今こういう状態で感覚が麻痺してしまっている」というように対象を認識して、だからこの人に関わる必要がない、と思った時に抵抗感なくするっと自分が避けられるんです。

「ちょっと重いのですいません」と言えば良かったなという発想には、攻撃性ではない、不器用に関わり続ける感がそこにあって、それがとても良くて、印象に残りました。

:不器用に映るのは、「他人の気持ちがわからない」からでしょうね。こういうと「本当は誰しもそうなんですよ」と優しくフォローしてくれるのですが、本当によくわからない。だから共感を得たいがために書いているのではなく、「他人の存在がわからない」という自分の状態をただ書いている。他人がそこにはいないのです。

でも、社会には他人がいることは頭ではわかっておかないと暮らしていく上で不都合が起きるので、それで一応頑張っています。

高石:なるほど(笑)