貧しさゆえに娘を殺したシングルマザーの慟哭〜銚子市・女子殺害事件の真相

フライデー プロフィール

今年6月12日、松谷被告の一審判決公判が千葉地裁で行われた。量刑は懲役7年。判決文には、次のように記されている。

<今回の判決で重視すべきは、松谷被告が実子を殺害したということである。松谷被告と可純さんは普段から仲が良く、休日に揃って出かけることもあった。実の母親に殺されたことは不憫(ふびん)あり、死亡した可純さんに罪はない。 

松谷被告の殺害の動機に悪質さはないが、充実した学生生活を送っていた可純さんが実の母親によってその未来を奪われた。しかし、松谷被告が長年にわたって生活に困窮していたことや、実家とも絶縁し周囲に相談する人がいなかったこと、県営住宅の立ち退きを迫られて精神的に追い詰められていたという点は考慮すべきである>

松谷被告は裁判長に促されて着席したが、終始うつむきがちで目は虚ろだった。肩まで伸びた髪をおろし、Tシャツに黒ズボンという出で立ち。判決が言い渡された瞬間も、表情を変えずにうなだれるだけだった。公判のなかで、松谷被告は力ない声で、こう漏らしている。

「本当は私が死ぬはずだったのに……。なぜ殺してしまったか分からない。可純には、本当に申し訳ないことをしてしまった……」

なぜ松谷被告は、娘を殺めるまでに追いつめられたのか。その過去を辿った。

13歳で絶たれた未来

殺害された可純さんは明るい性格で、近所でも人気者だった。可純さんと同じ中学に通う1学年下の男子生徒はこう語る。

「可純さんは、いつも友達に囲まれていました。中学校に上がってからは、それまで長かった髪をショートカットにしたのが印象的でした。所属していたバレーボール部でも一生懸命練習していたし、事件前の運動会では紅組の応援団長をしていた。頼りになるお姉さんだと思っていました」

県営住宅の住民も、可純さんの思い出をこう振り返る。

「とにかく明るい女の子で、ウチの子もよく団地内で遊んでもらっていました。子供が帰宅して『可純おねえちゃんに遊んでもらった』と言うのでお礼をすると、『全然気にしないでいいよ!』と答えてくれるような子でした」

地元の広報誌には、小学校卒業時の可純さんの姿が写る。そこには「私は将来、看護師になり、病気の人を助けたいです」と、将来の夢が綴られている。

松谷被告と可純さんは、仲のいい親子として知られていた。可純さんの同級生の母親は、こう証言する。

「可純さんは、いつもおしゃれな格好をしていました。ヒールのついたパンプスやロングスカートなど、見かけるたびに違う服を着ていた。まるでファッション誌から飛び出てきたようでしたよ。

一度、親子で歩いているとき、『娘さん、いつもおしゃれですね』と声をかけたことがあったんです。可純さんは嬉しそうにしていて、松谷さんも『(量販チェーンの)"しまむら"で買っているから、安く済んでいるのよ』と笑っていました」