第10回ゲスト:渡辺新さん (後編)
「親子二代はもちろん、なかには三代にわたるお付き合いのお客さまもいらっしゃいます」

島地 勝彦 プロフィール

仮縫いで1ミリのずれを指摘され、職人として鍛えられた

島地 わたしはそれほど神経質じゃないほうですが、いちばん時間がかかったお客さんは誰でしょうか?

渡辺 いちばん印象に残っているのは建築家の丹下健三先生ですね。毎回、先生のご自宅にうかがって仮縫いをするのですが、もっともかかったときで6時間。

島地 6時間!? その間、ずっと立っているわけですよね。

渡辺 かなり高齢になられてからも、先生はいつも姿勢を正して立たれて、こっちが疲れるほどでした。かかる時間もそうですが、厳しさでもトップクラスで、目が素晴らしくいいから、ほんのちょっとの歪みでも見逃しませんでした。

こっちが「よし」と思っても、「右の肩が1ミリずれている」という。まさかと思ってメジャーできっちり計ってみると、確かに1ミリずれていたんです。そんなことがしょっちゅうでした。

日野 1ミリの差って、仮縫いされているほうはわかるものなんですか?

島地 それが一流建築家の感性なんだろうね。

渡辺 そうやって何時間もやっていると、こっちは「このへんで大丈夫じゃないか」と心のなかで思ってしまいます。すると「渡辺君、洋服屋さんはいいね、1ミリの誤差があっても大目に見てもらえるから。大きなビルで、地上で1ミリの誤差があったら、100メートル上ではどれだけずれてしまうと思う?」。そんな話をされるわけです。

島地 1ミリのずれが見えるだけでなく、心中も見透かされているわけだ。それは厳しいですね。

渡辺 でも、丹下先生のようなお客様とおつき合いさせていただくからこそ、職人としての技術も磨かれていくわけです。

島地 丹下先生はいつも同じ柄のスーツを着ていた印象があります。「丹下健三はスーツを1着して持っていないんじゃないか」ともいわれていましたよね。

渡辺 フォーマルな場を除くと、先生は壹番館で仕立てたグレーのグレンチェック、しかもダブルのスーツしか着ませんでした。ご自宅のクローゼットには、同じ柄のスーツがずらーッと並んでいて、それはそれは壮観でしたね。一度、どうしてそんなに注文服がお好きなのかうかがうと、「建築は仮縫いができないけど、注文服は仮縫いができるから楽しい」とおっしゃってました。

島地 それは壹番館に、一流建築家の目を納得させる技術があることの証でもありますね。