カレーライスはなぜ日本人の「国民食」になったのか

森枝 卓士

インド人に日本のカレーを食べさせてみたら?

まず、インドへ飛んだ。食の調査のためということでは初めてだった。ひたすらにインドのカレーを食べて、食べ続けた。様々な家庭で料理を教わり、あるいは逆に「印度カレー」という日本製のルウでカレーを作り、インド人の感想を聞いたりもした。

「美味しい日本料理ですね。なんという名前ですか?」

日本製のカレーを食べたインド人が、そう言ったという伝説がある。が、私が実際に接した人々は、ふつうにカレーであると言い、美味しいと言う声の方が多かった。

次に出かけたのは英国。日本のカレーがイギリス経由であることくらいは分かっていたので。最初にカレー粉を作ったクロス&ブラックウエル社を訪ね(あまり、資料など残っていなかったが……)、大英博物館の図書館に籠もった。今は別の場所に移ってしまったようだが、当時はまだ、大英博物館の中。マルクスを始めとする社会科学の伝説的存在の場を実感出来た。得難い経験だった。図書館に籠もる楽しさを実感したものだった。

当然、食べるものは近くのパブなどのカレー、インド人のやっている店のカレーという日々。

東京にとって返してからは、ひたすら、国会図書館の明治時代の女性誌などの資料を漁り、当時はまだまだ生きていた明治生まれの世代に、話を聞いた。妻の親戚筋などの東京、札幌の老人たち、私の故郷の水俣の老人たちに、カレー経験を聞いて回ったのだった。

と、そのような取材を経て、『カレーライスと日本人』を書いたというわけである。取材の日々は昭和の末期であったのに、まだ、昨日のことのように詳細を覚えている。若かったからか、強烈な経験だったからか。

その具体的な事実関係等は、ご興味がおありなら、本書を読んでいただきたい。印象的なことだけ、少しだけ触れておけば……。

和食、日本料理というイメージは、西洋料理や中華料理といったものが明治以降入ってきて、それとの対比から、意識されたものであること。長州人や薩摩人が日本の外の人々と接して、日本人を意識するようになるのと同じである。つまりは、明治人がそれ以前に接することが出来た、文化文政あたりの時代の料理をベースとしているのだろうということだ。

それ以前に根付いたテンプラや寿司は日本料理だが、それより後に入ってきたカレーやラーメンは、和食のお仲間に入れてもらえなかったということである。

それにしても、中国に発して日本的変容をとげたラーメンと、インドからイギリスを経て洋食として根付いたカレーが国民食的地位を占めたということも興味深い。アジアの二大文明の食文化を、換骨奪胎した上でというか、アレンジの極致を経て受け入れるということの面白さ。

さらにそのラーメンやカレーがアジアで人気になったりしているという展開、倒錯……。