脳科学者・中野信子さんが選ぶ「わが人生最高の10冊」

現実の先を行く想像力に魅せられて
週刊現代 プロフィール

男女間のややぎこちない会話にも理系らしいリアリティがあって、私には親しみが湧きました。

3位は、岡嶋二人のコンビを解消した後、井上夢人さんが書かれた『メドゥサ、鏡をごらん』。「自分が本当は他人かもしれない」という恐怖が丹念に描かれていきます。

皆、自分というものが絶対なものだと思って生きている。そのことを普段は意識すらしません。でも、よく考えると、自己意識というのが危ういものであることに気づく。

私自身は、生きているからには、その危うさを楽しむしかないと思っているのですが、この本はまさに、「自分という存在の危うさ」に心地よく酩酊させてくれる一冊です。

人類は人造人間に恋をする?

私は今、脳や認知の研究を行っていますが、興味の萌芽は幼い頃にあって、「目を閉じて開くと、世界が全く変わっているかもしれない」という感覚をずっと持っていました。人とのコミュニケーションが苦手でリアルな世界と自分の距離を遠く感じていた分、日常の世界を相対化する癖がついていたのかもしれません。

そんな私が出会ったのが、ホフマンです。

砂男』は、現実から少しずつズレていって、いつの間にか“向こう側”に行ってしまうという男の物語。ホフマン作品の特徴は、結局、登場人物が向こう側を選んでいくということ。こちら側に戻ってくる選択肢を間違いとするんですね。そこが面白いし、必ずしも現実がいいとは限らない、という価値観に共鳴しました。

6位は「人形もの」です。人間には普遍的に、人の形をしたものを自らの手で作りたいという欲求があると私は思っています。『未來のイヴ』(ヴィリエ・ド・リラダン著)は、理想の女性を追求して人造人間を作る天才科学者の物語。アンドロイド(人造人間)という言葉を初めて使ったエポックメイキングな作品です。

この作品が発表された1886年からおよそ130年が経ち、今や人と同等の機能を持つデバイスや人工知能の開発が進み、アンドロイドが実際に作られる時代になりました。恋愛の相手も、近々、生身の人間より人形の方がよくなるかもしれない。

こういう話をすると、エモーショナルに批判する人もいますが、人間と人形との愛が「正しくない」と断ずることは誰にもできません。今、日本では少子化が急速に進んでいますが、実はこれは人類の進化の過程であって、人間は世代交代をしなくていい体を得て、種として終わるのではないか――。

こうしたSF的想像をするとワクワクします。優れた作品は、世界を別の視点から見る楽しさを教えてくれるのです。

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【最近選んだ1冊】
『ある島の可能性』
ミシェル・ウエルベック著 中村佳子訳
角川書店 入手は古書のみ

「生殖を必要とせずに永遠に生まれ変わる肉体を得て、感情を喪失したネオ・ヒューマンの物語。過去の人類の“人生記”を頼りに、失われた愛を探そうとする。容赦のない語り口が小気味よく、現実の重みを感じさせる」

(構成/砂田明子)
『週刊現代』2015年8月29日号より