心臓の拍動は「1日10万回」! なぜ休まず動き続けられるのか?

心臓は自分で自分を癒している!?
柿沼 由彦 プロフィール

そのためには、心臓がつくったアセチルコリンを実際に測定し、検出する必要があります。われわれはマウスの心臓から採った心筋細胞を培養して、その中にアセチルコリンをさがす測定を開始しました。

なにしろ前代未聞の試みでしたから、いくつものハードルに悩まされ、結果が出ないまま2年以上がたちました。さすがにもうダメか、とあきらめかけたところで、ついに心臓がみずからアセチルコリンをつくっていることを示すデータが得られたのです。2007年10月のことでした。

このときの気持ちは、いまも忘れられません。常識破りの仮説が証明されたうれしさはもちろんですが、それ以上に、生命の進化というものの絶妙さを目のあたりにした気がしたのです。

Q それはどういうことでしょうか?

柿沼 じつは30億年ほど前のバクテリアなどの原始的な生物の一部は、細胞にアセチルコリンを含んでいたことが以前からわかっていました。生物に神経が発達するのは4億年ほど前ですから、それよりずっとむかしです。しかし、そのような生物がなぜアセチルコリンを体内にもっていたのか、意味がわからないまま見過ごされていたのです。

心臓がアセチルコリンをつくっていることを発見したとき、私は直観しました。おそらくこれは、30億年前から脈々と受け継がれてきた癒しのシステムなのだろう。神経などという「新参者」が出現するよりはるか以前から「先住民」として生物に宿っていたのだろう。われわれ人類はそうとは知らず、アセチルコリンは神経伝達物質であると決めつけていたのだ、と。

心臓における副交感神経の分布が極端に少ないことも、これで説明がつくと思いました。もともと心臓ではアセチルコリンをつくるシステムが発達していたため、神経に頼る必要がなかったのではないでしょうか。

このシステムを、われわれはa non-neuronal cardiac cholinergic system(非神経性心筋コリン作働系)として提唱し、略して「NNCCS」と呼んでいます。その後、世界の複数の研究機関が類似の研究を発表したことで、NNCCSの存在は確実なものとして認知されたのです。

Q NNCCSの発見は従来の心臓観を書き換えるものであることがよくわかりました。しかしそれと同時に、NNCCSは心臓治療に新たな戦略を拓く可能性もあることが、ご著書の『心臓の力』に示されていますね。

柿沼 心臓にこうしたシステムがあるのなら、その機能を高めてアセチルコリンを増やせば、心臓によい効果があるのではないかと考えたのです。そこで、NNCCS機能を強化した生物の究極のモデルとして、心臓でアセチルコリンを大量につくれるように遺伝子を改変したマウスを作製して、さまざまな実験を試みました。

驚いたのは、このマウスに心筋梗塞を発症させたときでした。