心臓の拍動は「1日10万回」! なぜ休まず動き続けられるのか?

心臓は自分で自分を癒している!?
柿沼 由彦 プロフィール

Q 柿沼さんの発見は、この考え方を覆すものだったのですか。

柿沼 いえ、アセチルコリンが必須の物質であると考えている点では同じです。ところが、心臓にはこれだけでは説明できない大きな問題があるのです。

この図を見てください。これは心臓における交感神経と副交感神経の分布を示したものです。

このように、交感神経のほうが圧倒的に多く、副交感神経はごくわずかしかないのです。これではノルアドレナリンの放出量が圧倒的に多くなり、アセチルコリンが対抗することなど到底不可能です。つまり、従来のロジックが成り立たなくなってしまうのです。

心臓における交感神経と副交感神経のこの極端なアンバランスは、かなり以前から指摘はされていました。にもかかわらず、心臓が死なない理由についてあらためて考えていこうという研究は、不思議なことに皆無に近かったのです。

Q それはどうしてでしょうか。

柿沼 研究にも流行があるものです。おそらく世界の研究者の多くは最先端のテーマに追われ、心臓のこうした謎は盲点になっていたのでしょう。アセチルコリンや副交感神経も研究対象としては古臭く、いまさらやる気が起きないものだったと思います。

私がこの問題に取り組んだのはふとした好奇心からでしたが、マイナーな、自己満足に近い研究をしているものだなと自分でも思っていました(笑)。いまにして思えば競争相手がいなかったことが、人もお金も少ない弱小チームには幸いしたのでしょう。

Q では、新発見について具体的にお聞かせください。

柿沼 心臓はアセチルコリンによって命をつないでいるのに、心臓への副交感神経の分布はごくわずかでしかない。このミステリーに合理的な答えを与えるならば「心臓はみずからアセチルコリンをつくっている」と考えるしかない。私はそう思い至りました。

しかし、それはかなり突拍子もない考えでした。神経でつくられ、神経から放出される物質を神経伝達物質といいますが、アセチルコリンが副交感神経でつくられる神経伝達物質であることは、研究者にとって常識中の常識です。

20世紀前半に人類が初めて発見した神経伝達物質がアセチルコリンだったことも、この先入観をより強固にしています。それでも、ほかに答えが考えられない以上は、その証明にトライするしかありません。