【リレー読書日記・大林宣彦】
芸術にかける若人たちとそれを見つめる素敵な人びと。そのまっすぐさに打たれる本

週刊現代 プロフィール

この僕も現在3つの芸術系の大学で客員教授を務めているので、茂木先生の気持は良く判る。教室での、あるいは飲み会などで同じ時間を過ごした彼らのつんのめるような危うい姿を思うと、つい涙が溢れ、もう力一杯抱き締めてやりたくなる。彼らの未来よ、健やかであれ! と。

この小説は、茂木健一郎さんの「自画像」でもあろう。作中に出てくるコンセプチュアル=アートとしての。壮丁を含め造本がとても美しく、書物を手に取る悦びがいっぱいの、まっすぐな本だ。

「いつかは、芸術の神さまの懐に、抱きしめられたい」このいとしい青春のキャンパスを、まったく違う皮肉な目で見つめている御仁もいる。「あそこが総本山よ。絵でも彫刻でも音楽でも(略)あそこを出て、その分野で立派と思われる仕事をしたご老人たちが、自分の分野を盛り立てるために芸術の世界を権威付けているんじゃないの……ちょっと行って見るかい」。

みんな、一緒に生きてきた

著者の寺沢秀明さんを促して歩き出すのは、あの「寅さん」こと渥美清さんである。

「寅さん」こと渥美清の死生観』一冊の中に、渥美さんと「晩年の八年を超えて、公私を共にした」寺沢さんとが、東京藝術大学の「キャンパスに繰り出し、あちこちの校舎を覗いてまわ」る場面がある。キャンバスに向かう学生や粘土を捏ねる学生。歌声が聴こえるベンチで熱く語り合う学生。その誰もが寅さんとは気付かない。

「今日はいいものを見た。(略)己れの作品に打ち込む若人の姿に感銘を覚えた。(略)芸術には伝統が必要だ。(略)その過程で先輩・後輩、教える者と教わる者の間に権威が生じると言うのなら、俺は何も言わない」。自らの死を間近に感じる老齢を迎えた、苦労人の述懐もまた、叮寧(ていねい)に己の心根をまっすぐに保とうと試みて心に深く迫る。

享年68。ガン死であった。この書物は死の寸前まであの「寅さん」を誠実に務めあげた渥美さんの、実は知的にして好奇心旺盛でまことに静やかなお人柄と、晩年の死への怯えとその生を受け入れてゆく様が穏やかに語られて、「高齢化社会を迎えた今の世」への、寅さんからの贈り物のような一冊となっている。

お待ちかねの「髙平哲郎スラップスティック選集(5)」は『あなたの想い出 ぼくの、そしてみんなの』。「亡くなってしまった人のエピソードで、素敵な想い出としての『あなた』を書いておくのはいいことだ」、と考えた時の髙平さんの心も、きっとまっすぐだったんだ。

「大事な人の想い出」にお一人ずつジャズのスタンダード・ナンバーのタイトルを添えて綴られる、なんともスイートな一冊。

「淀川長治・さよならを言うたびに」、「勝新太郎・煙が目にしみる」。「三木のり平・君去りし後」、「松田優作・ぼくを気ままに」、「青島幸男・その手はないよ」、「立川談志・パーティが終わって」、「美空ひばり・恋人よ我に帰れ」、「トニー谷・昔はよかったね」、とまことに愉しい。

みんなみんな、僕らの時代を一緒に生きた、先輩、同輩、そして後輩たち。その人たちのとっておきのお洒落なエピソードで紡がれたこの書物は、昭和という時代の、ひとつの切なくも豊かな芸能史でもある。想い出は、清潔に、まっすぐに、僕らの心に伝わってくる。

おおばやし・のぶひこ/映画作家。敗戦後70年目の今年の8月15日は、僕はパールハーバーにおります。奇襲攻撃のリーダーだった山本五十六の里・長岡市とホノルル市が組んで、日米合同・追悼と平和祈願の長岡花火が空に咲く、歴史に立ち会うためです。

(※)この欄は大林宣彦、堀川惠子、熊谷達也、生島淳の4氏によるリレー連載です

『週刊現代』2015年8月29日号より


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