祝芥川賞受賞!『スクラップアンドビルド』は、閉塞感の中に可笑しみ漂う、新しい家族小説だ

インタビュー「書いたのは私です」羽田圭介

人間には生存本能があるので、死にたがっている祖父でも、たとえば風呂で溺れそうになると這い上がろうとしてしまう。本能によってどうしても自動的に生き延びようとしてしまうのは、苦しいだろうと思います。

―健斗はやたらと自分の肉体を鍛えることにも固執していますね。

鍛えれば鍛えるほど、今頑張っても将来は祖父のように弱ってしまうかもしれないという苛立ちが強くなる姿も書くつもりでした。そこにタイトルの意味もあります。

身体を鍛えて筋繊維を破壊すると元より太くなって再生する、ということと、戦後の高度成長期の日本がいろんなものを壊し再構築して活力を得てきた姿も重ね合わせました。今、5年後の東京オリンピックに向けても、同じ構図が繰り返されていると感じています。

―戦争体験のある祖父と、世代の離れた孫が向き合う話でもあります。

健斗は祖父の孫ではありますが、介護する時などは健斗のほうが祖父に対して男親みたいに振る舞うところがあります。人間同士の立場は年齢だけで決まるのではないんですよね。

人の行動原理や心理や価値観はどの時代にいるかで左右されるもの。ですから、世代に依るもので個人を責めたり褒めたりするのはあまり意味がない。個人で直面している問題は世代のせいにするのでなく、個人で解決しなきゃいけないはず。

でも、高齢者対若者といった世代間の話にしてしまうと、相手の具体的な顔が分からなくなる。だから人は簡単に世代の違う相手を攻撃して、自分の心をラクにしようとする。その心理も書いたつもりです。世代論争の馬鹿馬鹿しさも描きたかったことです。

―「馬鹿馬鹿しさ」とおっしゃいましたが、本書はかなり滑稽味を感じさせます。あえて「馬鹿馬鹿しさ」を出したのはどうしてですか。

社会学的な問題提起を外から持ってきたものの、ちゃんと落とし込めずにテーマが浮いている小説ってある。重厚なテーマが小説から浮かないようにするための自分なりのやり方を考えた時、小説の表面で起こっていることすべてで完結させる方法にしました。つまり、クソ真面目な主人公に見当違いのことをさせて、表面的には馬鹿馬鹿しさしか残らない方法です。

―でも、ラストに健斗が気づくことに、読者もハッとするはず。結末はどのように考えましたか。

祖父が死んで感傷的なものが立ち上がる終わり方にはしたくなかった。逆に、祖父にしっぺ返しをされる展開も考えましたが、それもやめました。それよりは、健斗に内面世界で何か気づかせたほうがいいと思いました。

介護の先の見えない感じを残しつつ、人はそのなかで頑張るしかないという結末にしました。そうでないと、切実さが現れませんから。

(取材・文/瀧井朝世)

『週刊現代』2015年8月15・22日合併号より

羽田圭介(はだ・けいすけ)
'85年東京都生まれ。明治大学付属明治高等学校在学中の'03年「黒冷水」で文藝賞を受賞しデビュー。'08年「走ル」、'09年「ミート・ザ・ビート」、'14年「メタモルフォシス」で芥川賞候補。他著に『盗まれた顔』など


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