「二度と戦争を起こさないぞ」って言うけど、いや、もう起きてるんじゃないの?

いとうせいこう×高橋源一郎 "あの日"の後に書くことについて 2
いとうせいこう, 高橋源一郎

高橋:それが可能だったのは、現代の若い子たちの中に、「今は戦争中だ」っていう感じがあるからじゃないかと思います。つまり戦争というのは弾が飛んでくる戦争だけではない。

すごくざっくりいうと、僕は大学で教えているけど、就活が苦しくて自殺した子がいるという話も聞きます。それは個人的な悩みのせいというより、社会から撃たれた弾丸で殺されたと思うんですね。これは彼らにとっては戦争なんです。

70年前は艦砲射撃で撃たれたけど、今は社会からの弾丸で撃たれてしまう。どっちがつらいかわからない。というふうに思えた時、70年の時間が消える。これがその「cocoon」という舞台だったんですけど、そのとき正直言って、やられたと思いました。そういうふうにしたときに、この社会、この世界はどのように見えるんだろうということですね。

僕の伯父は昭和20年に27歳で亡くなっているんですが、昭和16年に慶応大学の文学部を卒業して、文学好きで、僕によく似ていたらしいんです。僕が生まれた時にそっくりだったし、誕生日も一緒だったんです。だから僕はその伯父さんの生まれ変わりと言われたりした。

その時はすごく遠かった人が、だんだん他人じゃなくなってくる。僕が昭和16年に慶応を卒業して、文学に興味があって、でも仕方なく戦争に行って、フィリピンにわたり、激戦地で、バレテ峠にいたとしたらどう思っただろう。今回バレテ峠に立った時、考えたのはそのことでした。

人がそういう戦場に立つ時、それはもしかすると震災の時かもしれない、死が迫ってくる瞬間です。もちろん生きながらえたいと思ったかもしれないし、あるいはこんな戦争は嫌だと思ったかもしれない。

でも、その時に人間が何を考えるかというと、僕は未来のことを考えたんじゃないかと思う。フィリピン戦で生き残った兵士はみんな「こんな戦争は嫌だ」って言ってます。「こんな戦争は嫌だ」って言う時、「こうじゃない未来」を思い浮かべたかもしれない。戦争がない未来には、自分は好きな勉強をすればいいし、家族もいるだろう。

伯父さんは結局結婚しなかったから家族がいないんですが、そういう未来を想像したんじゃないかと思った時、僕だってそう思うだろうと思った。そのときに、まあ変な話、自分たちは他人じゃない。同じような人間が、そういう状況で未来を考えて、その未来というのは、今なんだ。そこに僕もいるような気がしたんです。

いとう:つながっているような気がしたと。

高橋:うん、変な言い方ですが、叔父さんが未だ生まれていない僕のことを想像したんじゃないかと思った時、ようやく遠かった70年前の世界とつながった気がしました。

続きはこちら→

*日本近代文学館主宰「夏の文学教室」2015年7月25日の対談を元に構成

いとうせいこう
1961年生まれ。作家、クリエイター。早稲田大学法学部卒業後、出版社の編集を経て、音楽や舞台、テレビなどの分野でも活躍。1988年『ノーライフキ ング』で作家デビュー。1999年『ボタニカル・ライフ』で第15回講談社エッセイ賞、2013年『想像ラジオ』で第35回野間文芸新人賞を受賞。他の著 書に『存在しない小説』、『鼻に挟み撃ち 他三編』など。現在、文芸誌「群像」に「我々の恋愛」を連載中。

高橋源一郎
1951年生まれ。作家、明治学院大学国際学部教授。横浜国立大学経済学部中退。1981年『さようなら、ギャングたち』で第4回群像新人長編小説賞優秀 作、1988年『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫賞、2002年『日本文学盛衰史』で第13回伊藤整文学賞、2012年『さよならクリスト ファー・ロビン』で第48回谷崎潤一郎賞を受賞。朝日新聞の「論壇時評」をまとめた新刊『ぼくらの民主主義なんだぜ』が話題を集めている。