「二度と戦争を起こさないぞ」って言うけど、いや、もう起きてるんじゃないの?

いとうせいこう×高橋源一郎 "あの日"の後に書くことについて 2
いとうせいこう, 高橋源一郎

「なんとなくクーデター」で戦争が始まる

いとう:僕、何ヵ月かに一度、さして意味もなく福島に行ってみることをしていて、向こうのNHKの人がついてきてくれるから、結構いろんなところに入っていってるんですね。

この間行ったら、みんなが農産物を作れなくなって元気がないから、私がどうにかしなければいけないって頑張ってるおばあさんがいた。そのおばあさんが、どうしても許せない場所があるって案内してくれて、車でずっと山の上の方に行ったんです。おばあさんは自分の村の人たちと協同組合みたいなのを作って、ソバ畑をみんなで作って、平地開墾して木の根を全部とった場所があると。 

そこに入っていくと、「なんでこんな急に台地があるんだろう」というような台地がボンって出てくるんですよ。でもそこは今、除染された土でいっぱいになっているばかりか、その上に姑息なことに、緑の布をかけている。上からヘリコプターで見たり、飛行機で見たりしたら、そこを除染した土が占領していることがわからない。だけど村の人たちは知っている。

しかもその山道の奥には一つ集落があるんだけど、そこは汚染がひどくて人が入れなくなっているので、その道は使わないんですよ、誰も。つまり人が入らないからばれないだろうと。

で、おばあさんたちが作ってきたソバの畑はすべてその除染の土で覆われ、おばあさん自身ももうだめだろうと。まず中間貯蔵の施設ができるという計画が何一つ進んでいない。たとえ進んだとしても、ここに汚染が残るだろうと悔しそうに言っている。

僕は戦後が戦前になる『鼻に挟み撃ち』っていう小説を書きました。後藤明生が、戦前戦中がいきなり戦後になった違和感を、時代の挟み撃ちとして書いた小説に対して、僕は戦後が戦前になる挟み撃ちを書いているんだけど、そうしているうちに、実はもう戦中なんだっていうことが分かってきました。

こんなひどいやり方で、国が滅びていく。そして除染土の黒い袋がもう破れ始めていて、葉っぱが出てきちゃっています。そういったものをメディアは映さないようにしているけど、確実に毎日増えているんですよね。

このことに、まさに誰も責任を取らない。一方で東芝の社長が三代も続けてあんなことやって、原発をやたら買っている。これはむしろ明らかに戦争の敗北が見えてきた、太平洋戦争末期の状態です。その責任の取り方と同時に、戦前が戦中にならないようにするっていうことの両方を、我々は一挙にやらないとならないというのが僕の考えです。

高橋:本当に、今ですね。僕たちの社会全体が劣化していって、その一つの例が問答無用っていうやつです。安保法制は法の内容としては集団的自衛権の問題なんですが、問題はそれ以前にあって、皆さんご存じのように、憲法に反する法律を作っていいのかっていうことです。最高法規ですからね。

いとう:憲法を変えるなら変えるで、当然そこに大きい論戦が起こるはずなんですが、憲法を変えないで変えられちゃう。

高橋:なんとなくっていう状態でね。

いとう:「なんとなくクーデター」なんですね。なんとなく僕たちが知らないところで全部がきめられて、状況がひどくなっても文句は言えず、そのまま忘れられて、なんか変だなと思って、時々さすがにあまりの劣化に事件が起こるけど、誰も責任を取らない。

これはまさに戦前そうだったし、戦中もそうだった。今が戦前であり戦中であるっていうのはそういうことです。「二度と戦争を起こさないぞ」というけど、いや、起きている。もう起きているんじゃないの、これがそうなんじゃないのって。

高橋:そういうふうに思った方がいいと思います。では、そんな状況と戦うために何が必要なのか。