「二度と戦争を起こさないぞ」って言うけど、いや、もう起きてるんじゃないの?

いとうせいこう×高橋源一郎 "あの日"の後に書くことについて 2
いとうせいこう, 高橋源一郎

敗戦と3.11

高橋:もう一つ、うちは親戚が東北の方にいるんですが、その中の一人が、いわゆる満州開拓団の中にいた人だったんですね。僕が小学校くらいのときに父親と話をしていたんですけど、その方の家族は全部亡くなった。

8月9日にソ連軍が、日露不可侵条約を破って侵入してきますよね。その時に何が起こったかというと、当然、最前線では8月9日以前から、ソ連軍の移動の様子がわかっていた。これはソ連軍が侵入してくると思って参謀本部に連絡したら、「いや日露不可侵条約があるから来ないよ」と返事があったと言われています。まずそこで間違っている。

で、ソ連軍の侵入が始まった後、慌てて関東軍は逃げた。逃げたというか、朝鮮の方に司令部を移すということで全員逃げるんですけど、当時満州には満蒙開拓団の人が20万人くらいいたんですが、彼らには一切情報を出さなかった。どうしてかっていうと、情報を出したら、関東軍がソ連軍の侵入に気づいたことがわかっちゃうから。ソ連軍に知られるとまずいので民間の日本人に教えなかった。

それでどうなったかというと、民間人がはっと気が付いたら関東軍がもういない。しかも、関東軍は列車で逃げて行くんですが、列車が渡り終わると鉄橋を爆破していった。

いとう:もう逃げられなくした。

高橋:ソ連軍の侵入を防ぐためなんだけど、その結果、日本人も橋が渡れなくなった。これに現地の医者が反対すると、「しょうがない、作戦だ」と言ったそうです。これで亡くなった満州開拓団が8万人います。これは国民を見捨てたって話ですね。

そのあと朝鮮から日本に船が出るんです、脱出のための船。これに乗った人の95%が軍人と軍属と家族で、民間人は5%。それが、日本のスタンダードなんです。だから、僕は今回、安保法制で集団的自衛権が出てきて、首相が、「国民を守る」って言うけど、嘘やん、守ったことないやん、あんたらって思いました。それは歴史を調べるとわかる。もしそう言うのだったら、過去の責任を誰かにとらせてからでしょう。

いとう:そうね。でもこの国は一度も責任を取ってこなかった。

高橋:取ってこなかった。で、責任を取らない国は同じことを繰り返す、と思うから、この国は戦争をやっちゃいけないなと思うんですね。

いとう:しかもさらに劣化している可能性がありますからね。

高橋:まだそれでも戦争を経験してきた人たちが生き残っている間は、口には出さなくても、戦争で起こったことへの反省をもつ人は多かったと思うんです。やっぱり、どこかで自分たちはひどい戦争をしたと思っていた。この国を見捨てたんだと。わかっているので、もうこの国は戦争をやっちゃいけないっていう抑止力になっていたと思いますね。

ところがその人たちが、まさに戦後70年経って総退場していった後に、そのことを告げる人がいなくなってきている。これですね、僕が今日お話ししたかったことの一つは。

いとう:じゃあ、どうしたらその何かを受け継ぐことが可能か、体験を伝えることは可能か、これがとっても大きい。

高橋:僕もずっと考えてきたことです。これはまさに3.11も一緒ですね。

いとう:そうです。全く一緒。

高橋:確かに3.11で自然に責任を問うことはできないけれど、過去に起こった重大な経験ということでは、同じだしね。3.11に関してもそのことで、責任を問われた人がいない。で、その経験も、下手をすると、もう風化しつつあるよね。

いとう:早くも風化しつつある。それは事実が隠されているからだし、さっき僕が、「情報がすごい早い」といったけど、それだけじゃなくて、非常にシンプルな情報だけがよく伝わるようにされていて、見えないようにされていますよね。