「二度と戦争を起こさないぞ」って言うけど、いや、もう起きてるんじゃないの?

いとうせいこう×高橋源一郎 "あの日"の後に書くことについて 2
いとうせいこう, 高橋源一郎

日本がやっていたのは戦争ですらなかった

高橋:実は僕の父親の上に兄が二人、つまり伯父が二人います。上の伯父は満州で捕まって、ソ連の収容所で亡くなっている。下の伯父はフィリピンのルソン島で亡くなっています。この70年の間、祖母や父はずっと、いつかソ連とルソン島に追悼に行きたいと言っていたんですが、祖母が亡くなり父も亡くなり、縁者がほとんど亡くなって、僕がほぼ最後の一人になった。

高橋源一郎さん

それで今年、ようやくルソン島に行くことができたんですが、そこで初めて知ることがたくさんあった。これはビックリしました。

ひとつは、まず伯父さんが亡くなった場所を調べたんですね。下の伯父さんが死んだのは、「ルソン島のバレテ峠」と父親のノートに書いてあった。これは祖母が、軍人遺族年金をもらっていたので、多分厚生省から来た資料なんかにあったんでしょう。実は行く前に、靖国神社に調べに行きました。靖国神社のデーターベースに伯父さんの詳しい記述があるかどうか調べてもらったんです。そうしたら、伯父が亡くなった場所は、「昭和20年の1月27日サンマヌエル」と書いてありました。

ということは、父親のノートには「昭和20年5月4日バレテ峠」、靖国神社では「昭和20年1月27日サンマヌエル」と戦没した日も戦没地も二つある。

そこでフィリピンの戦争の歴史を調べました。防衛庁戦史室というところから、40巻くらい、1冊600ページくらいの資料集が出てるんです。ルソン島決戦だけで600ページ、レイテ島だけで600ページとか。しかもすごいのが、当時の電報等々の公式の記録プラス同じころアメリカが発表した記録も載せている。だから両方で突き合せられる。かなりフェアに書いてあるんです。

いとう:結構信用できる感じ。

高橋:アメリカと日本とで記述が違ったりする。で、それを読んでいってわかったのが、大岡昇平の『レイテ戦記』にも確かそういう記述があったと思うんですが、戦争末期、日本軍には「捷号(しょうごう)作戦」の一号、二号、三号、四号というのがあった。捷号作戦三号というのが本土防衛。一号がフィリピンです。

これはどういうものだったかというと、要するに最終的に勝つとは思っていないんです。最終的に本土決戦をして、激しく抵抗をして、その結果いい和平条件を引き出して、国体を護持するという作戦です。

いとう:そう、国体護持なんですよね。

高橋:最終的に天皇制をどうやって守るかというために、最後に出した作戦が捷号作戦だったんですね。そのために、捷一号作戦は、フィリピンでは全力でアメリカ軍の北上を止める。だから玉砕禁止なんです。玉砕したらそこで終わっちゃうので、武器がなくなっても、とにかくあらゆる手段を用いてアメリカ軍に抵抗せよ、ということだったんで、フィリピン戦に投入された兵力は64万で死者50万ですね。死亡率80%。ちなみにレイテ戦は死亡率97%と言われています。

最初から負けると分かっていた。要するにこの60万人は死んで止めろという話をされていたんです。

さっきのサンマヌエルという場所は、マッカーサーが昭和20年の1月に、フィリピンのリンガエン湾に再上陸する。で、1月中旬にサンマヌエルで衝突が始まって、最後5月にバレテ峠で日本軍はほぼ壊滅するんです。伯父の二つの戦没地は、そのスタートと最後にあたっています。

つまり、どこで死んだかわかりませんということなんですね。どこで何人死亡とか、その資料集にすべて載っているんだけど、遺骨は見つかっていない。山野に放置されているだろう、と書いてあるんですね。

そのとき思ったのが、さっきいったように、この国は戦争をやっちゃいけないということです。良い戦争と悪い戦争があるかどうかわからないけれど、日本がやっていたのは、戦争ですらないんじゃないかという気がするんです。

ルソン島で生き残った人の記録をいろいろ読むと、最後に何万人か捕虜になるんですが、捕虜になった兵士はびっくりするんです、アメリカ軍に。なんでかというと、アメリカ軍は合理的だと。捕虜になると、おいしいご飯を食べさせてくれて、傷を治してくれるでしょ。

敵兵に「何でそんなことするんですか」って聞いたら、「いや、病気だと連れて行くの大変じゃないか」って。そりゃそうだよね。「日本軍はそうしないの」って訊かれる。日本はどうしたかっていうと、病気になると殺しちゃう、自軍の兵士ですらですよ。「え、日本は自分のところの兵士も殺しちゃうの」、「はい」って言ったら、「おかしくない?」って言われたって。

いとう:「マッドマックス怒りのデスロード」の世界だよね。

高橋:これは昭和20年の沖縄でも同じことが起こった。満州でも同じことが起こっているんですが、問題は、もう負け戦とわかっているんだから、リアルな観点からいうと、降伏しないといけない。だって弾薬なし食料なしの60万人が、戦車の前に銃だけ持って突進するんですよ。

これは人倫において間違っているんじゃなくて、戦争をする、という点において間違っている。そもそも戦争が成り立っていない。さらに問題は、この責任を取った人が誰もいないことです。

いとう:そういうことですね。