いとうせいこう×高橋源一郎
「歴史的な出来事」を前に「文学」は何ができるか

"あの日"の後に書くことについて 1
いとうせいこう, 高橋源一郎

いとう:川上弘美が二次創作みたいなのを自分でするってことだから、パフォーマンスとしてもインパクトがある、そこまで切迫したものがあるんだということは少なくとも伝わる。『神様2011』と『恋する原発』は同じ年ですよね。

高橋:『恋する原発」が2011年の8月で、『神様2011』が6月。

いとう:『想像ラジオ』は2013年だから、僕はそういう人たちがやっているのを見ながら実は遅れてやってきたんです。

 小説の機能

高橋:ああいう事件が起こった時に、ぼくも本当に緊急に書かないといけないと思いました。

いとう:勇猛果敢でしたよ。

高橋:自分でも何をやろうとしているかわからないんで、まず締切だけ決めて。「何書くか決めているんですか」、「たぶん」って。で、書いていったんですね。ですから、ある時期にはそういう野蛮なところも必要なんだと思います。いとうさんの『想像ラジオ』も同じく野蛮です。だいたい、現代文学にとって、ヒューマンであったりすること自体がすでに野蛮なんだよね。

いとう:そうなっちゃっているんだなと思いましたね。

高橋:だから、『想像ラジオ』に対して、ここではヒューマニズムが謳歌されている、死者への追悼の気持ちがストレートに表れているのが、文学としてどうなんだという批判があった時、いとうさんはどう思いました?

いとう:もうそれ自体、文学っぽくていやだと思いましたね。僕は当然書いていて、この話は内容としてストレートに読めるだろうと思った。自分がそれをいかにも今の文学っぽく、もっとアイロニカルに、あるいはそれを更に嘲笑するかのように書くやりかたも当然あるということはわかっています。だけどそれをやったところでなんなんだと。それ、僕個人の単純なマスターベーションじゃないかなと思って。純文学という名の。

僕がやるのはその文学をさらに批判する文学。文学はあまりヒューマニスティックじゃだめでしょとか、死者を悼む気持ちが前面に出てちゃだめでしょ、というのに対して、いや、そうかな、と。

高橋:じゃあお前に死者の気持ちがわかるのかって批判もありましたね。

いとう:そう言われるのもわかってました。ただ、そんなこと言ったら誰にもわからないよ、お前は死んだことがあるのかという話なんですね。

『想像ラジオ』を高橋さんは風通しがよいって言ってくれたけど、読んだ後にみんなで話し合えるような小説というか、そういう場を、広い場を開けて作るっていうことがやりたくて。

しかも実は小説上のテクニックについては沈黙していた間にずいぶん考えていたから、それを使う。クサい話でもテクニカルだったら面白いって、特に笑いの舞台ではそうなんですよ。結構ベタな設定でも、テクニックがある役者が出てやるとベタに見えないんですよ。そういうのが書きたかった。

高橋:今みんなで話し合えるっておっしゃったでしょう。小説はもちろん読者が一人で読んでいくものだけど。僕、いとうさんの『想像ラジオ』は大学のゼミで取り上げたんです。

いとう:マジですか。

高橋:すごく面白かった。つまり、普通の私小説みたいなものだとディスカッションできないんですよ。読者が入れる場所があまりない。「この人はこう思っていますよ」、「そうだね」。しーん。一人で読んでおしまいなんだけど、それに対して、『想像ラジオ』には自由に歩ける空間があった。

読んだ学生たちの間で、「いやいや、この人実は死んでいないんだよ」、「死んでいるんだよ」と論争が起きるとか。みんながその小説を使って考えるというか、いわば「部屋」になっていた。部屋の中に入って、そこにあるものを見て、話をして、出ていくと、ちょっと違った人間になる。それが小説の、ある種の公共的な機能ですよね。

いとう:そういうものを作りたかったということなんですよね。結局、僕がすべて統御して、誰もがそう思うように統御した書き方をしてしまったら、それまで自分が全然書けなかったことの意味がなくなっちゃうわけだから。その自由度がほしかったんです。だからああいう書き方になったんだと思うんですよね。