いとうせいこう×高橋源一郎
「歴史的な出来事」を前に「文学」は何ができるか

"あの日"の後に書くことについて 1
いとうせいこう, 高橋源一郎

時間をかけて書くか、すぐに書くか

高橋:『想像ラジオ』は、ざっくりというと、震災の津波で亡くなったひとりの人間が木の上の方でさかさまにぶら下がっている。そこからラジオのDJをやっていて、そのDJの流した放送が、なぜか人々のラジオから流れてくる。リクエストの電話も受けてくれる。死者と交流、交通できるという形の小説ですね。

僕も3.11の後に、『恋する原発』というのを書いたんですが、これは震災のチャリティのアダルトビデオを作る話。かなり差がつくな(笑)。

いとう:そんなことない。

高橋:いやいや、でも書いたんですけれどね。ああいう大きな事件があったとき、小説家という存在は、どういう仕事をするか、それぞれやり方があるわけですね。

第二次大戦中は小説家はあまり書くことができず、多くの作家は沈黙を余儀なくされた。その中でもガンガン書いている人が、ごく少数いて、太宰治なんかそうなんですね。そういうときに書ける作家は、何を見て何を聞いて、どういう感覚で書いているんだろうと、ずっと思っていました。

ふつう小説家って、何か起こるとそのことについて深く考える。いろいろ調べたり、自分の中で納得がいくまで時間をかけて、ある一つ形ができてきたら、それを出す。それには当然時間がかかる。多くの戦争文学は、第二次大戦の時でいうと、大体早くて2年、3年経ってから書かれるんですね。

ところがそれとは別に、すぐ書かれる種類のものがある。太宰治には、太平洋戦争突入直後に書かれた小説もあります。とにかく、すぐ書く人だった。すぐ書くというマインドというか精神と、ゆっくり時間をかけて、何かを理解して、こうすればみんなに伝わると思って書く場合の気持ちは、かなり違うと思っています。僕は結構「すぐ出す」っていうことが重要、大切じゃないかって思ったんですが、いとうさんは?

いとう:完全に僕もそう思います。文学は遅れてくるものだっていうけど、いやしかし本当にそうだろうか。10行ぐらいのメッセージでいいから文章をすぐ出せばいいじゃないか、そのあとに時間をかけて書いてもいいんじゃないか。

なぜならば、書けない時期に情報の現在のスピードが、もう馬鹿みたいに早くなっていることはわかっていたので、もちろんじっくり調べて書く人たちがいることも期待しているし、それも素晴らしいことだと思うけど、出したときにはもう皆が忘れようとしているというのが、一番僕にとっては頭にくるというか、おもしろくない。その前に出したいっていう思いがありました。小説がジャーナルであることを避けてはいけない、というか。

高橋:時間がたてば、どんなに痛切なことでも少しずつ忘れてしまう。残念ながら。もう一つ、確かに時間があればじっくりものを考えられて、あれはああいうことだったといえると思います。でも何かが起こった直後は大体何だかよくわからないですよね。

僕も3.11の後そうでしたが、何か起こっているんだけど、これが何なのか説明できませんというとき、誰か説明してくれないかなって気持ちもあった。

僕は割と早い段階からいろんなことを書こうと思ったんですが、その中で、川上弘美さんがいち早く小説を書きました。

いとう:『神様2011』。

高橋:『神様2011』で、すごいのは川上さんのようなベテラン作家が、持ち込み原稿をしたということです。僕たち作家は大体頼まれて原稿を書きます。たぶん自分から書くのは新人賞に応募するときぐらいですよね。なのにあの川上さんが、原稿持って行って「載せてください」って言ったっていう話を聞いて、負けましたと思った。

しかも、すごいのは、川上さんはああいう事態が起こった時に何かが言いたいと思った。でも何を言っていいのかわからない。普通は何を言っていいかわからないから考える。でも考える前に書こうと思った。普通に考えると、考える前には書けないでしょう。でもあの小説は書きながら考えている。

いとう:そこですよね。

高橋:歩きながら何かを拾っていく。何の準備もなかったので、当然、何か「もと」になるものが必要だった。そこで川上さんは、自分が過去に書いた小説を2011年現在、今の状況の中にもってきて直しながら小説を書いていった。元の『神様』(1993年)は主人公の女性が「くま」と散歩に行く話ですが、その同じ話を、「あの日」の後の状況に即し直して『神様2011』を書いた。

あの早さが素晴らしいと思いました。世界で何かが起こった時、一番最初に言葉に変えて、みんなに伝える。みんな、言葉を失っているだろうから、こういう考え方があるんですよということを、準備なしでやる。同じ作家なんですけれど、なんか作家ってけっこうやれるなというふうに勇気をもらいました。