いとうせいこう×高橋源一郎
「歴史的な出来事」を前に「文学」は何ができるか

"あの日"の後に書くことについて 1
いとうせいこう, 高橋源一郎

いとう:僕もどうして自分が書けなくなったのかということの本質はまだよくわかっていなくて……。

一つにはフィクションと現実で、現実の方がフィクションよりフィクション的になっちゃった感覚があって、しかも情報のスピードがすごく速くなって、果たして小説というもの自体に何かの、まあ効力がある必要はないんだけど、少なくとも書くからには書くだけの意味合いがあるんだろうかと思ってしまった。

そういう、小説に対する疑いがまず一つと、もう一つはやっぱり文章をつなげるという作為がもう自分で嫌になっちゃう。簡単に言えばうつ病なんだけど。

高橋:小説ウツですね(笑)。

いとう:小説ウツ。あと僕が書いて何の意味があるんだというのがすごく大きかったんですね。

高橋:いとうさんのように、僕も書けない時期があったんです。あまりに真剣にやっているとスランプになりやすいんですね。僕は『優雅で感傷的な日本野球』という小説を書いて、そのあとに『ゴーストバスターズ』という作品を発表するまで8年くらいかかった。

実際はスランプといっても一つの小説をずっと書いていたわけです。生涯でこんなに真剣に小説を書いたことがないってくらい。

大変なんです。100枚くらい書いて、次のところを書くのに1枚目に戻る。1枚目に戻って初めから読んでいって、2行書いて休んでまた読んでってやったら、どんなに頑張っても一日6行くらいしか書けない。ほぼ病気ですよね。

いとう:ノイローゼ。

高橋:それで7年くらい書いて、ある日読み返してみたんです。で、自分で見ても、「これはよくできている」。ところで何年かかったんだと考えて、7年って思った瞬間に「馬鹿じゃん」って(笑)。7年かければ誰だってそこそこのものは書けるよな、「馬鹿だな」と思った。その瞬間、呪縛が解けました。

なぜ『想像ラジオ』を書いたか

いとう:そうなりがちなんですよね、まあでもその7年があるのとないとでは、後の高橋源一郎が違うってことでしょう。

高橋:そうですね。そういう意味で、いとうさんは結局、15年のスランプを経て3.11の後に『想像ラジオ』という、かつてのいとうせいこうでは考えられないような、わかりやすい、そしてヒューマニズムに満ちた---あ、違うんだったら言ってね(笑)---小説を書きあげた。しかも震災という事件を直接的なテーマにして。

まあ以前と180度変わったといえば変わった。完璧なものを求めて書かなかった人が、ある意味、実際の事件に突き動かされて、ヒューマンな小説を書いたっていうふうに見えますよね。

いとう:見える。