子どもたちの太平洋戦争
〜そして彼らは手榴弾を握った

【戦後70年特別企画】戦時の『少年倶楽部』をよむ

東條英樹、現る

大東亜戦争一周年号では東條英樹が表紙に

日本の戦況は、42年6月のミッドウェー海戦での大敗を機に悪化する。それに合わせて『少年倶楽部』にも変化が現れる。これまでは少年の絵や歴史上の人物が表紙を飾ることがほとんどだったが、42年12月号では首相の東條英樹が表紙に。以降、より一層軍事色が強い誌面になっていく。

翌43年1月号に掲載された漫画「お年玉」と、特集記事をご覧いただこう。

漫画『お年玉』
43年1月号「おごる米英は亡ぶ」

このころを境に、徐々に「精神論」を説く記事・特集が誌面を埋めていく。

43年7月号では、子どもたちにショッキングな事実が伝えられる。英雄・山本五十六の死だ。誌面ではその死を偲ぶ一方、「次は君たちが山本五十六大将に代わり、戦場に立つ番だ」というメッセージがちりばめられる。

そして、子どもたちも本格的に戦争に組み込まれていく。43年8月号に掲載されたこの漫画は、「貯金」という方法で、戦争に協力するよう訴えている。

そして43年12月号には、ついに「少年兵募集」の告知が『少年倶楽部』に掲載される。楽しい読み物で子どもたちの成長を支えてきた同誌は、「軍人養成雑誌」の様相を呈していく。

クイズにも軍事色がにじむ(43年11月号より)