ソ連将校のレイプ、満州での飢餓 澤地久枝「すべてを話しましょう」

【特別企画】
現代ビジネス編集部

「この一家を皆殺しにする!」

終戦直後のある日のこと、二人のソ連の将校が家に押し入ってくると、私にサーベルを突きつけたのです。必死で抵抗し、一時は将校たちを追い払いましたが、しばらくするとまた戻ってきた。私は物置に隠れたのですが、彼らは力づくでその扉を開けようとする。「もう助からない」と思いました。その男たちを必死に制止したのは、私の母でした。

母の命がけの抵抗によって、今度こそ男たちは去った。しかし、その去り際に「今夜、この一家を皆殺しにする!」と吐き捨てたというのです。皆殺しの宣告。私はその夜、便所に行って吐きました。あまりの恐怖に、体がおかしくなったんです。

このことについては、母親ともひと言も話したことはありません。母も触れないようにしていましたし、私も極力思い出さないようにしていました。

それから四半世紀近くたった72年の冬、私は旅行でモスクワを訪れたのですが、空港でソ連兵の姿を見つけたとき、私の体が凍り付き、動けなくなったのです。寒さからではありません。あの日の恐怖心が、よみがえってきたからです。

いくら押し殺そうとしても、戦争の記憶は消えません。いま、私の心にあるのは、あのような時代をもう一度作り出してはならない、という願いです。だからこそ、残りの人生をかけて、自分の体験をつづらなければ、語っていかなければ、と思っています。遅すぎるかもしれない。しかし、まだ間に合うはずだと信じています。 

澤地久枝 ノンフィクション作家。1930年東京生まれ。49年中央公論社に入社。63年、「婦人公論」編集部次長を最後に退社。86年、菊池寛賞、08年朝日賞を受賞


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