なぜ原爆投下による民間人大虐殺は罪に問われないのか?〜日本人に埋め込まれた「2つの思考停止」

【特別公開】赤坂真理『愛と暴力の戦後とその後』2
赤坂 真理 プロフィール

ふたつの思考停止

「A級戦犯が大物であり、いちばん悪い」という誤解は、アメリカが自国のプレスにした説明が簡略化されすぎていたから、という説がある。A級戦犯は国家指導者であり、B級戦犯は現場の、というように。

ちなみにC級=人道に対する罪は、ナチス版東京裁判ともいうべきニュルンベルク裁判での(というか東京裁判が東京版ニュルンベルク裁判なのだが)「ホロコースト」に相当するもので、日本での該当者はほとんどいなかった。

B級は、通常の戦争犯罪、たとえば捕虜の虐待や民間人の殺戮で、当時の国際法で禁じられていた行為への違反である。従来、軍事法廷(東京裁判も軍事法廷である)で裁かれる戦争犯罪と言えば、これだけだった。

通常の戦争犯罪以外に「平和に対する罪=A級」や「人道に対する罪=C級」があるというのは、第二次世界大戦後の概念であり、戦争史上の一大発明ではないかと思う。

「ねえママ、民間人の虐殺ということなら、広島や長崎への原爆や、東京大空襲のほうが、全くの非道だとは、思わない?」

仮に8月6日以前にポツダム宣言を受諾しても、原爆は投下されたとする考えがある。米議会の承認を得ずに莫大な予算を投じた原子爆弾は、使わなければ終戦後に議会の追及を受けるから、というものだ。

その真偽はともかくとして原子爆弾の使用は民間人の無差別殺戮であり、通常の(従来からの)戦争犯罪を記した国際法に抵触する。B級戦犯、いやもしかしたらナチスのホロコーストにたとえられるC級戦争犯罪、「人道に対する罪」と言ってもいいかもしれない。東京大空襲もしかりである。市街地の、まず避難路をなくすように爆撃してから中心地を爆撃して「蒸し焼き」にする。

「うん……でも、『お前ら真珠湾やったじゃないか』と言われたら、仕方ないわ」

と母は言う。

「なぜ仕方ないの? 宣戦布告しない戦争の例はたくさんあるし、それに対していちいち怒り狂った国ってのは少ないよ。真珠湾は軍事施設への正確なピンポイント爆撃なのだし、絶対悪とみなすいわれはどこにもない」

私は返す。

「なぜって……」

母は口ごもる。ここでも、時間と思考が止まっている。

私は質問を変えてみる。

「じゃあ天皇に戦争責任はあると思う?」

「天皇陛下を裁いたら日本がめちゃくちゃになったわ!」

どうして、ここだけ即答なのだろう? しかも論点がずれてる。

「なぜ?」

私は問う。

「なぜってそうなのよ」

母がきっぱりするのは、このふたつの時だ。ひとつは真珠湾攻撃がとにかく問答無用で悪いと言う時、もうひとつは、天皇ないし天皇制は守るべきに決まっていたと言う時。

自分の母親はどちらかと言えばリベラルなのだと思っている私は、これを聞くと何かひどくびっくりしてしまう。