米軍を唖然とさせた日本軍の人命軽視
〜重傷病者には「自決」を要求

【特別公開】一ノ瀬俊也=著『日本軍と日本兵』3
一ノ瀬 俊也 プロフィール

日本軍の医療観

IB「日本の軍陣医学」は日本軍の医療体制がかくも低レベルであった理由として、「その根深い欠陥、すなわち劣った個人教育、貧弱な設備、ばらばらの組織、西洋の基準に照らせば『ヒポクラテスの誓い』をとうてい満たせない患者への態度」を挙げている。

興味深いのは、それらが米軍が日本兵捕虜から医療体制の証言を引き出して分析した結果であること、この証言から我々がよく知らない当時の日本軍医療の実態や将兵の軍に対する感情がわずかなりともうかがえることである。

例えば、「すべての命令は兵科将校が発して伝達され、捕虜の言によれば医務上の要請に対する考慮はほとんど何も払われない。軍医将校に影響力はほとんどなく、その意見が採り上げられるのは困難である。日本の軍事指導者は、進歩的な手法や新技術を、支出が増えるため認めない」と日本軍軍医らしき捕虜が自国軍隊の視野狭窄ぶりに対する憤懣を並べた記述がある。

日本軍の短期決戦思想に基づく補給の軽視はよく指摘されるが、医療もまた当事者の言によれば「金がないから」という実に官僚的な理由で軽視されていたのであった。

次の記述も軍医、もしくは十分な治療を受けられないまま捕虜となった傷病兵の証言だろうか。上から一方的に〝滅私〟と称して苦痛への我慢を要求する日本軍のやり方が、結果的に兵士たちの精神力・体力─軍の戦力ダウンとなって跳ね返っていたことがわかる。

厳格なる軍人精神のおかげで、ささいな訴えは軍医の注意を引かない。さらに、もしいたとすればだが、不平を言う兵は怠け者呼ばわりされて仲間はずれにされる。ささいな病気は兵士が自分で治療することを求められ、これが性病の報告上は低い発生数、結核の高い発症率の理由となっている。前者は軍の病気とは認められず、後者は発見されたときには病状がはるかに悪化している。

ここでIBの論評は狭い軍事の枠組みを越え、東西比較文化論的な色彩を帯びてくる。

「患者に対する日本軍の典型的な態度は西洋人には理解しがたいものがある。敵は明らかに個人をまったく尊重していない。患者は軍事作戦の妨げとしかみなされないし、治療を施せばやがて再起し戦えるという事実にもかかわらず、何の考慮も払われない」。

患者を役立たずと切り捨てる精神的態度が「日本人」なり「東洋人」特有のものとは思えないが、個人とその生命を安易に見捨てた過去の姿勢を現代の日本社会がどこまで脱却できているかは、常に自省されるべきだろう。