米軍はいかにして日本兵を投降させたか〜その周到すぎる心理作戦

【特別公開】一ノ瀬俊也=著『日本軍と日本兵』2
一ノ瀬 俊也 プロフィール

金銭的待遇

日本兵の士気・心理状態を考えるうえで、実は給料や留守家族への生活援助といった物質的待遇も見逃せない。

本書でたびたび引用しているIB1945年1月号「日本のG.I.」に出てくる米軍軍曹は、戦地の日本兵の金銭事情について「民間人に売れると思った物は何でも盗む。彼らの賃金は世界中の陸軍でおそらく一番低い。最下級の兵は日本では月に3円もらう。戦地に出ると月に約3ドル相当の金をもらう。しかし占領地では物価が2000パーセント値上がりしているため、ほとんど何も買えはしない」と書いている。葉書一枚が3銭だから小遣い程度の額に過ぎず、これではあまり士気も振るわなかったろうと私は思う。

かくも給料が安いのに、兵士たちの留守家族はどうやって生活していたのか。米陸軍省軍事情報局が1943年3月に出したパンフレット『諸外国陸軍の士気向上活動(Special Series No.11 Morale-building Activities in Foreign Armies)』は、日本軍兵士の留守宅に行われた生活援助について、次のようにかなり的確な解説をしている。

日本兵の「出征」にあたってはそれぞれ厳粛な行事を行って敬意を払い、国のみならず村の大切さ、ありがたみを深く感じさせる。留守宅に関する兵士の安心感は、隣人たちが家族の農作業を手伝うことにより高められる。婦人、在郷軍人など多様な団体もまた留守宅の面倒をみる。

これをみるに、日本兵が留守家族の生活困窮について抱いていた心配の解消は政府ではなく「村」すなわち近隣社会の手に委ねられていたといえる。万一兵士たちが敵の捕虜となり、卑怯にも自分だけ生き残ったとすれば「村」は家族への農作業援助を打ち切るだろう。私は、これこそが彼らが投降を忌避した最大の理由のひとつとみるし、米軍もそれを知っていた。

そのような日本兵家族に対する物質的待遇の低さは、『諸外国陸軍の士気向上活動』がドイツ軍について「徴兵兵士の妻に夫が民間人だったときの収入の30~40パーセントを保証し、将校、下士官兵の子育てのため21歳未満の子どもには一人月額10ライヒスマルク(約4ドル)、二人20マルク、三、四人25マルク、四人以上30マルクの手当を支払っている」と解説しているのとは対照的である。

第3回「米軍を唖然とさせた日本軍の人命軽視」はこちら

一ノ瀬俊也(いちのせ・としや)
1971年福岡県生まれ。九州大学文学部史学科卒業、同大学大学院比較社会文化研究科博士課程中退。博士(比較社会文化)。現在、埼玉大学教養学部准教授。専攻は日本近現代史。

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